「イエスマン」をつくり出した就活の罪は大きい 思想家・内田樹の助言 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「イエスマン」をつくり出した就活の罪は大きい 思想家・内田樹の助言

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※写真はイメージです(GettyImages)

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 思想家で神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんが「就職活動とキャリア教育」について語った。AERAムック「大学ランキング2019」(朝日新聞出版)より紹介する。

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 就職活動で「即戦力」という言葉を耳にするようになったのは、1990年代以降のことだ。この頃に企業の人材育成のあり方が変わったのだと思う。

 それまでの経営者は大学にあまり専門的な知識や技能の教育を求めなかった。

「専門的なことは入社してから教えますから、大学では語学と一般教養をしっかり教えてください」。経営者たちからはそういう言葉をよく聞いた。

 それが変わった。研修をスキップしてすぐに仕事ができる「即戦力」を求めるということは、「人材育成コスト」を外部化して大学に押し付けるということである。「即戦力」を求める企業は端的に「人を育てる手間と金が惜しい」と言っているに等しい。

 そもそも採用側は大学に「即戦力」としてどんな能力や知識を習得させてほしいのか。卒業後の進路が全く違う学生たちに、企業それぞれの特殊性に合った知識や技能を大学が教えられるはずがない。にもかかわらず大学にあえて「即戦力」を求めるのだとすれば、ここで求められているものは具体的な知識や技能ではなく、むしろある種の「心性」だということを意味している。

 それは「イエスマンシップ」である。どのような理不尽で無意味な業務命令であっても、上司の指示には抗命しない、質問もしない。どんな命令にも「イエス」と即答する、そういう従属的なマインドセットを企業は求めている。

 それならどんな教育機関でも教えられる。学生に理不尽で無意味なタスクを強制して、「これになんの意味があるのか?」と教師を問い詰める学生を低く評価し、何も聞かずに黙って教師の指示に従う学生を高く評価する。それならどんな教育機関でもできる。

 だから、いま大学で「キャリア教育」という名の下で行われているのは「エントリーシートの書き方」「面接の作法」というような実務レベルをとうに超え、「お辞儀の角度」とか「ノックの回数」とか「業種別化粧の仕方」というまったくナンセンスなものになっている。そういうことが「ナンセンスだ」と思う学生を排除するスクリーニングとしてはよくできた仕組みである。


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