■あつらえならではの小回りが引き出すセンス

 この“小回り”が欠かせない武器となって発揮されるのが別注品のデザインだ。

 お客さんとお店がアイデアを出し合って完成させるデザインは、互いが納得するまでとことん突き詰めていくため、決まるまで半年近くかかることもあるそう。

 デザインを決める時に必ず伝えているのが「分かったらだめですよ」ということ。一目見ただけでどこの何か正体がバレてしまうようなデザインは避けようというポリシーだ。その理由を、奥さんの恵美さんは、「カバンはおしゃれに持ちたい。何も宣伝をする必要はないし、分かってしまってはセンスがない。持っていても分からないけれど『そう言われてみればそうね』くらいが品もいい」と明かす。

「お客さんの持っているいい情報をなるべく上手く引っ張り出せるように」してたどり着いたデザインは連想ゲームのようで、言われて「なるほど!」と気づくものばかり。

 例えば、小さな花があしらわれた京都文化博物館のオリジナルバッグ。これは、明治時代に日本銀行京都支店として使われていた博物館別館(重要文化財)の花形の照明がモチーフに。花にはゴールドと白があり、それぞれ明かりのついているランプと消えているランプを表している。

 鹿児島の山形屋デパートで出したトートバッグは、たくさんの水玉の中に一つだけ薩摩藩主・島津家の紋である「丸に十の字」が入る。間違っても百貨店の名前やシンボルマークが主張するデザインになることはない。

 一休宗純が漢詩を学んだ建仁寺霊源院では、一休さん直筆の書がかばんになった。大きな「禅」と小さな「無」の2文字がシンプルに配置されたものだが、デザインにはかなり頭を悩ませたそう。制作にたずさわった職人の春増徹さんは、「書なので、もともとは同じサイズの文字が並んでいるんですけど、それを一面にやっても(よくない)。思い切ってサイズを大きく変えて、禅の字と無の字がはみ出すくらい、何の柄か分からないくらい引き伸ばしたら面白かった」。お客さんとやり取りしていく試行錯誤は、あつらえだからこそできる技。そこから意外性という着地点が見つかっている。

 開校当時から使われている同志社小学校のランドセルも、作っていたリュックサックを何度も作り直して完成したもの。時代のニーズに合わせた改良を重ね、いま使われているものには登下校の時間を管理できるチップが入っている。小学生の超重量級ランドセルが問題になるご時世に、布ならではの収納力と軽さは心強い味方。娘の結城さんによると、「愛着があって中学生になっても大事に使ってくださる方もいる」そう。

 タフさはお墨付きの一澤信三郎帆布だが、傷んだら修理をしてくれるのは、ずっと使ってほしいとの思いがあるから。手間のかかる別注品も、恵美さんは「うちのかばんに何かプラスして持ちたくなるようなものをと思って作ります。話を聞いて形にしていくのが楽しい。別注品にはその数だけストーリーがある」と歓迎する。

 長く使いたいのは持ち主にとっても同じ。思い入れのあるものならなおさらだ。自分だけのストーリーが詰まったかばんは、そう簡単には手放せない。(ライター・小林幸帆)