作家・橋本治が明かす「日本人がバカになってしまう構造」とは? (3/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

作家・橋本治が明かす「日本人がバカになってしまう構造」とは?

このエントリーをはてなブックマークに追加
川喜田研dot.#朝日新聞出版の本#読書
橋本治(はしもと・おさむ)/1948年東京都生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、『桃尻娘』で小説現代新人賞佳作を受賞。評論家としても活躍。『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、『三島由紀夫とは何者だったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、『双調平家物語』で毎日出版文化賞をそれぞれ受賞。近著に『たとえ世界が終わっても』『知性の顛覆』『いとも優雅な意地悪の教本』等

橋本治(はしもと・おさむ)/1948年東京都生まれ。東京大学文学部国文科卒業後、『桃尻娘』で小説現代新人賞佳作を受賞。評論家としても活躍。『宗教なんかこわくない!』で新潮学芸賞、『三島由紀夫とは何者だったのか』で小林秀雄賞、『蝶のゆくえ』で柴田錬三郎賞、『双調平家物語』で毎日出版文化賞をそれぞれ受賞。近著に『たとえ世界が終わっても』『知性の顛覆』『いとも優雅な意地悪の教本』等

──橋本さんの考える「本当の知性」って何でしょう?

 私は『知性の顛覆』の中で、今や、日本には「使えない大学出」と「ヤンキー」しかいない……って、これまた乱暴でひどいこと言っているんですけど、私の考える「知性」とみんなが思っている「知性」とは違うんですね。私の考える「知性」って「生き物」みたいなものだから、その時々の「クダラナイもの」も含めていろんなものを見たり、吸収したりしながら、「感じて」「考えて」常に変化し続けているものなんです。

 ところが、大学も含めて、日本の教育って小学校、中学校からずっと「考える方向性はこうじゃなきゃいけない」って決まってて、しかも、それを全部学ばなきゃいけなくて、「自分にとって本当に必要なものを自分で選別する」というプロセスが完全に抜け落ちている。

 だから、学校にいって勉強ばかりしていると「バカ」になるんです。そういう「あらかじめ選別された視野」しか持っていなくて「クダラナイもの」には見向きもしないのが、あの本の中で私が言っている「大学出」という人たちのことなんですね。

 一方「ヤンキー」というのは、大学出と違って「方向づいていない」代わりに「自分の経験値」でしか生きていない。だから「クダラナイもの」の中にいても、それを知性に変えることができない。自分の立場が保障されていれば、「何かが欠けている」って考える必要はないんですね。だってヤンキーは努力しちゃうでしょ。単純労働得意だし、彼らはとりあえず、そうやって頑張れば成功者になれると信じているから。でも、やっぱり何かは欠けてるんですね。だから強くツッパラなけりゃならない。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい