AERA dot.

「この世界の片隅に」を中国で絶対に上映すべき“理由”

このエントリーをはてなブックマークに追加
dot.

「この世界の片隅に」こそ、海外輸出にふさわしい作品だ

「この世界の片隅に」こそ、海外輸出にふさわしい作品だ

 戦時中の呉・広島が舞台のアニメ映画「この世界の片隅に」が公開から1カ月あまりが経った。興行収入は4.5億円を超えるヒットとなっている。総制作費は約2.5億円。その一部がインターネット上で有志の寄付を募る「クラウドファンディング」で集められた点でも話題となった。

 仕事柄、主人公のすずと同世代かその下ぐらいの、日本国内の、いわゆる銃後で戦争を経験した人の話をうかがう機会も少なくない。

 こうした方々にとって終戦時の第一の感覚としてあるのが、皆共通して「生き残ってよかった」と口々に話す点だ。そして、「これからどうしよう」という言葉が続く。ここの部分、頭では理解したつもりになるのだが、彼らがなぜそう感じるのか、うまく論理的に説明できず、なかなか実感が湧かないでいた。

 「この世界の片隅に」もそれが描かれているのだが、自分が映画を観て最も感銘を受けたのは、「なぜ生き残ってよかったと感じたのか?」というプロセスが明快に描かれている点だった。

 物語は1933年、昭和8年の12月、主人公のすずが広島の中島本町(現・中島町)にのりを届けに行くところから始まる。ここは今では大半が広島平和記念公園となっているが、当時は広島有数の繁華街。街はクリスマス商戦でにぎわっており、赤い服を着たサンタも描かれている。この時、すずは駄菓子屋に立ち寄り、森永のミルクキャラメルをお土産に買っているのだが、パッケージデザインは現在とほとんど変わらない。また、森永のミルクチョコレートも登場するが、これも現在のものとほとんど同じだ。

 作品を描く上で、「現代から地続きの過去」を表現することに腐心したというが、冒頭からこうした強いメッセージにあふれている。まもなく83年が経過しようとしているが、クリスマス商戦も森永のキャラメルもチョコレートも変わっていない。戦前は遠い過去の話ではないという印象付けがなされている。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧


このエントリーをはてなブックマークに追加