連載第1回を特別公開! 太田省一「マツコの何がデラックスか? 現代タレント考」 (1/8) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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連載第1回を特別公開! 太田省一「マツコの何がデラックスか? 現代タレント考」

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太田省一dot.#朝日新聞出版の本
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 9月から雑誌「一冊の本」(朝日新聞出版)で、太田省一さんによる「マツコの何が“デラックス”か?」がはじまった。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルをテーマに、独自の執筆活動を続け、著書に『中居正広という生き方』『社会は笑う-ボケとツッコミの人間関係』『紅白歌合戦と日本人』などがある、気鋭の社会学者による新連載だ。
ここではその第1回を、特別に公開する。

【連載概要】

 現在、テレビタレントのトップに君臨するマツコ・デラックス。その魅力は多々あるが、私がいつも思うのは、一つひとつの言動がいつもぶれず、輪郭がクッキリ鮮やかなことだ。それを「まっとうさ」の魅力と言ってもいい。それゆえその言動は自然にある種のパワフルなメッセージとなって、私たちの心に刺さるのではあるまいか。その伝える(伝わる)力の見事さという意味において、いまマツコを凌駕するタレントはいないし、芸能史・テレビ史に一時代を画すような存在になりつつあると言っていいだろう。

 だがもう一方で、これまでの時代を担ってきたようなテレビタレントとは異質な部分もある。なかでも最大の違いは、女装家、性的少数者として社会的なマイノリティに属するという点だろう。これまで時代の頂点にあったようなメジャーな人気タレントで、その意味においてマツコのような存在はおそらくいなかったはずだ。2010年代の日本において、このマイノリティとマジョリティの重なり、接近はいったい何を意味するのか? 

 この連載では、毎回マツコを象徴するような「動詞」をタイトルに、具体的な言動を拠り所にしながらその多面的な魅力に迫っていく。そして同時に、マツコのような存在を求める時代とはどういうものなのかについても掘り下げていきたい。

 第一回目の動詞は「懐かしむ」だ。


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