「世界一美しい射場」種子島で考えた惑星探査の未来(下) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「世界一美しい射場」種子島で考えた惑星探査の未来(下)

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 2014年12月3日に宇宙へと旅立った宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」。「惑星探査入門」(朝日新聞出版)を出版した会津大の寺薗淳也准教授(惑星科学)は、実際に現地に赴き、打ち上げを見届けたという。分野によっては世界を引っ張るレベルにまで達しているように見える日本の月・惑星探査だが、政府が新しく策定している宇宙基本計画には懸念すべき点があると寺薗准教授は指摘している。

「世界一美しい射場」種子島で考えた惑星探査の未来(中)よりつづく

*  *  *
 折しも、「はやぶさ2」の打ち上げに合わせたかのように、政府は新しい宇宙基本計画を策定しているところである。

 この新・宇宙基本計画案では、安全保障や経済力強化への貢献が重点となっている。政府が重点的に実施すべき計画として、測位衛星(準天頂衛星)や通信・放送衛星など7つの項目が挙げられている。

 私自身としてはこの部分がいちばん気になるため、まずはパブリックコメントを募集していた段階で公開されていた計画案を一読してみた。

 その内容は前半から安全保障と経済施策強化に大量のボリュームが割かれており、宇宙科学について書かれた分量は1ページにも満たない。ちなみに、安全保障についてはその部分だけで2ページ、宇宙産業振興も同じく2ページほどあり、関連した記述をまとめるともっとボリュームは多くなる。

 その中で、月・惑星探査について書かれた部分はたったこれだけである。

 また、太陽系探査科学分野については、ボトムアップの議論に基づく探査だけではなく、効果的・効率的に活動を行える無人探査を学術的大局的観点からプログラム化して進める。具体的には、月や火星等を含む重力天体への無人機の着陸及び探査活動を目標として、特に長期的な取組が必要であることから、必要な人材の育成に考慮しつつ計画的に取り組む。(文部科学省)

 もちろん国の宇宙政策全体を示す項目である以上、具体的なミッションの名前がそこに入らないということは理解できる。しかし、これだけ国民から注目を集め、日本が世界的にもリードしているこの分野において、記述がたった6行(原文)というのはどういうことなのだろうか。

 上記の文章を読んでも、「大局的」「長期的」という腰が引けた表現が随所にちりばめられ、日本としてこの分野を積極的に進めていこうという意志はみじんも感じられない。

 日本の月・惑星探査についていえば、この計画を読んで将来に不安を抱かざるを得ない。

 日本の次の目標が「重力天体(筆者注:小惑星イトカワのように重力がきわめて小さい天体ではなく、月や火星、地球のように、ある程度強い重力がある天体)への着陸」ということはわかったが、ではどうするのか。月着陸は中国がはるかに先行している上に、民間での月着陸計画である「グーグル・ルナーXプライズ」も進行している。日本(の政府)がもたもたしているうちに民間側が一足先にミッションを達成してもおかしくない状況である。しかも、国よりも安価に行う可能性さえ十分にある。この文章から、そのような危機感はまったく伝わってこない。

 日本はこのまま、「はやぶさ」や「かぐや」で築き上げてきた、月・惑星探査のノウハウや人材を失うことになっていいのだろうか。一度失ったノウハウや人材などの資産は、回復させるにはその何倍もの時間がかかる。お金を出せばすぐに手に入れられるというものではないのだ。

 そして探査の成果は、時間が経つにつれて失われ、なくなっていってしまうのである。技術者は年をとって現場を離れ、科学者は別のテーマの研究に移ってしまう。データは使われないまま放置され、機器を製作したグループは四散してしまう。何百億円もの費用をかけて行った探査の結果が、結局失われてしまうとしたら、それこそ国家的損失である。

 さらに、こういう状況をみて、月・惑星探査の世界に進みたいという優秀な人材が減ってしまうことを、私は強くおそれている。将来に希望が持てず、将来が不確実なものであるならば、より確実、堅実な方向に行こうとするのが人間の常であろう。

 私自身は大学院生時代を宇宙科学研究所で過ごした。探査の現場を目の前にして、その厳しさも楽しさも味わってきた。しかし、そういう経験を若い人たちが積めなかったとしたら、将来にわたって日本の月・惑星探査の技術や知識、ノウハウなどの蓄積をどう残していけばいいのか。

 宇宙開発による経済の振興が重要なことは私もよくわかっている。日本の国家財政が厳しい状況にあることは百も承知である。しかし、月・惑星探査は未来への投資、次の世代への投資である。さらに経済という観点でいえば、小惑星の資源探索という、一見すると途方もなさそうに聞こえる話が、アメリカではベンチャー企業の手で進みつつある。そしてそれには、これまでの月・惑星探査で得られた知識が大いに役立つのだ。実用化されれば何兆円、いや、何百兆円というプロジェクトは、地道な月・惑星探査の成果から導き出されるものである。

 今お金にならない、今役立たないことを削ってしまい、将来になって慌てることになったとすれば、それは国家としても恥ずかしいことである。時間は巻き戻せない。世界の変化は思ったより早い。そういった視点を、宇宙開発をリードする人たちに持って欲しいのである。

 私が次に種子島に行くことになるのはいつだろうか。次の月・惑星探査機の打ち上げがその機会だとすると、私のスケジュール帳には、種子島行きは当面書き込まれないだろう。

 日本の月・惑星探査を推進するためには、探査を進めようという気持ちを持つ人たちが、一緒になって声を上げ、ときにはお金も出し、勉強し、働きかけていくことが必要だろう。黙っていては何ごとも起こらない。もう一度、数億キロ彼方へ向かう探査機を送り出す感動を味わいたいと思ったら、今度は私たち自身が動くことが必要なのである。

 私のスケジュール帳に再び、「種子島・惑星探査機搭載ロケット打ち上げ立ち会い」と書ける日を作り出すためにも、私はこれからも月・惑星探査の重要性や面白さを語っていくつもりである。


寺薗淳也(てらぞの・じゅんや)
1967年東京都生まれ。名古屋大学理学部卒。東京大学大学院理学系研究科(博士課程)中退。宇宙開発事業団、宇宙航空研究開発機構(JAXA)広報部、(財)日本宇宙フォーラムを経て、現在、会津大学企画運営室および先端情報科学研究センター准教授。理学修士。専門は惑星科学(月や火星など、固体の表面を持つ天体の地質学や地震学)、情報科学(データベース科学、ネットワーク工学など)。
宇宙開発事業団では、月探査計画「セレーネ計画」(かぐや)の立ち上げに従事。JAXAでは「はやぶさ」の着陸のときにブログを通して世界中に情報を流した。現在は「月探査情報ステーション」(http://moonstation.jp)で月・惑星探査情報を発信中。雑誌『ニュートン』などに執筆した記事多数。著書に『はやぶさ君の冒険日誌』(毎日新聞社、共著)、『惑星探査入門――はやぶさ2にいたる道、そしてその先へ』(朝日新聞出版)など。

筆者の著書『惑星探査入門――はやぶさ2にいたる道、そしてその先へ』が発売中

【参考URL】
新・宇宙計画(素案)
http://www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/genan.pdf


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