“理想郷”はすぐそこまで来ている  新作『オーギュメント・アルカディア』を完成させた東出祐一郎さんに聞く 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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“理想郷”はすぐそこまで来ている  新作『オーギュメント・アルカディア』を完成させた東出祐一郎さんに聞く

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 気鋭のシナリオライター、作家として活躍する東出祐一郎さんがこのほど、新作小説『オーギュメント・アルカディア』(朝日新聞出版)を上梓した。デジタルとリアルの境目が分からなくなった未来の都市を舞台に、デジタルの少女を守る忍者の末裔が主人公のエンターテインメント大作だ。デジタルとアナログを描くことで身体性やリアリズムを追求したという作者の狙いに文芸評論家の藤田直哉氏が迫った。


――本作を書くにあたって、着想はどの辺りから得られたのですか?
東出 これはけっこうわかりやすくて(苦笑)、2008年ごろだったと思うのですが、動画サイトで拡張現実(AR)の初音ミクを動かしている動画を見たんですよ。ただ動くだけなら驚かなかったんですが、よく見るとフィルター越しとはいえ、リアクションがあるということに驚いたんです。ただのホログラフィックだったら今までに何度も見たことがあるし、いわゆるバーチャル系のネットゲームとかはかなりやっていたのですが、それが現実に存在するっていうのは不思議だなぁと思って。あとはそれから発展して、ゲームの『ラブプラス』(DS)ですね。モニター越しとはいえ、現実の背景とゲームのキャラクターが合成されているっていうのは面白かったです。

――どちらも、リアクション、あるいはインタラクションが重要な点だったのでしょうか?
東出 昔だったらロボットが彼女だったのが、今はロボットである必要、さらには物質である必要はなくて、データとしてそれが触れればそれでいいんじゃないかという時代になったということです。

――本作のヒロインである、拡張現実のAI(人工知能)のディはそこから着想されていたのですね。彼女は、AIっぽい無機質な感じというよりかは、もっとかわいい感じというか、普通の女の子として描かれていても違和感がない性格設定ですね。
東出 ディの存在目的自体が、人間に限りなく近い拡張現実であろう、ということだったので、人間くさい感じを出したり、成長させるためには、ああいう元気な方がいいだろうと。また、主人公が割と冷徹なやつなので、「冷徹と冷徹」だと話が冷たくなってしまうので(笑)。

――それで、計算機っぽさよりは、『ラブプラス』の彼女っぽさを優先した人格設定にされたのですね。人間っぽいのに時折見せる「情報」の感じがとてもいいですね。それに対して、主人公の涼真ですが、彼は人間なのに逆に冷徹で、機械っぽいです。彼が、実は忍者で、情報の塊であるはずの敵を斬ってしまうところは、ひとつの見所かと思いますが、物質で情報を斬るっていうあのビジョンはどこから?
東出 仮想現実ものだと、デジタルであればあるほど有利じゃないですか。とりわけ、オンラインゲームが現実になったっていうタイプの作品では、レベルが上がっていればいるほど有利なわけですよね。しかし、本来であればデジタルは現実には何も影響を及ぼさないわけです。見えるだけで、触れられたりしないし、身体的には何も影響を受けないっていうのが本来のデジタルですね。この『オーギュメント・アルカディア』の世界は、現実とデジタルの境が曖昧になっていて、デジタルの方が現実に侵食しているという前提の世界なので、その対比のために、主人公は、デジタルにアナログで立ち向かうっていう設定になっています。しかし、そこの対比ばかりクローズアップしてしまうと、ちょっとこの作品の軸がぶれてしまう。ではどうするかというと「受け入れる」。アナログなんだけど、デジタルと敵対しているわけではない。デジタルはデジタルであって、アナログでも干渉できるよって。デジタルだけに生きている人間には主人公は分からない。アナログに生きるものとしてデジタルとの境目を覗き込むという感じでしょうか。

――なるほど。作中では「仮想現実」と「拡張現実」を使い分けていらっしゃいましたが、両者にはどういうニュアンスの違いが?
東出 仮想現実の方は、想像の世界を作り上げる、創造する技術であって、拡張現実は、現実に個人の想像を持ち込む、塗り替えるっていうことを目的としているというか。拡張現実は、この現実をバーチャルワールドにしてしまおうというものです。理想の恋人の存在する世界に行くのか、理想の恋人を現実世界に召喚するかの違いだと思います。二次元に入るのか、二次元を持ってくるのか。

――最近、小説の題材に仮想現実モノが増えてきたようにって多いと思います。代表的なのは『アクセル・ワールド』(川原礫、アスキー・メディアワークス)でしょうか。個人的には古典的なサイバーパンクを見出してしまうところもあるのですが…。
東出 いや、確かにSFの中では古典的な題材だと思いますが、いわゆるライトノベルの読者が現実的にそれを受け入れられるようになったのは、オンラインゲームの世界からですよね。具体的に言うと、『ラグナロク・オンライン』以降だと思います。

――拡張現実というのはどちらかというと日常寄りのニュアンスがあるのかと思いますが、作品世界では、結構拡張現実によって、現実がかなりゲーム的にされていらっしゃいましたね。攻撃のときのエフェクトが見えるとでも言いますか。
東出 僕たち、ここではこの小説を読む人間、と言い切っちゃいますが(笑)、おそらくそういうファンタジーとは無縁でいられない状況に生きているんですね。アニメでもゲームでもいくらでも非現実の創造はたくさんあるし、しかも視覚的に強烈ですよね。昔なんかドット絵だったのが、『ラブプラス』になった。それになんと言っても「初音ミク」(ボーカロイドソフト)。初音ミクがしゃべっていると、まだまだ機械音声なのですけれど、それでも聞ける、初音ミクだと分かる、そして台詞をすらすらと言える。これは凄いことだと思うんです。昔だと、(ファミコンであった)『ゾンビハンター』なんかがそうなんですが、ゲームの音声に「ハイスコア」と入れるのが精一杯でした。今では喋るのは当たり前で、それどころか自分で台詞を編み出してしまうっていうレベルに移行しつつあります。そういう風にして、ファンタジーが現実で日常化しているので、拡張現実は普通に受け入れられるものになると思うんですね。

――タイトルに「アルカディア」という言葉をお付けになった理由は?
東出 これはまぁ、最初にオンラインゲームの世界を考えたとき、ヘブン、そこは天国、少なくとも仮想現実に接続した人間にとっては天国だろうと思ったんで、それの言い換えの違いですね。ヘヴン(天国)の次はアルカディア(理想郷)だろうと。

――なぜ仮想現実を、天国と結び付けてお考えになったのですか?
東出 現実では一番どうしようもないことは、自分の顔であったり設定であったりすると思うのですが、それが自由自在に設定できる理想的な世界に一番近いものは、それこそ天国であろうと。その世界では、言ってしまえば、努力が絶対に反映される。現実に、というか、仮想現実においてですが、努力が数字になって身についてくれるっていうのがありますからね。仮想現実において、皆が重要視しているのは、数字ではないでしょうか。現実においてはいくら走っても記録が伸びないとか、これはもう才能によるとしか言いようがないわけで、日本人がいくら天賦の才を持っていてもウサイン・ボルトには絶対適わないのと同じで。ところが仮想現実においては、努力をし、そしてスキルを伸ばせば、いくらでも入り込む余地はあるんです。多分そこが、一番「天国」的なところなんじゃないかと思います。

――作品を書くに当たって、何か意識された作品はありますか?
東出 まずは映画『トータル・リコール』のリメイク版ですね。携帯電話のシーンとか、そのままです。あれは実際にあると不便かなと思うんですが、失くすことを考えると、ありかなって。あとはまぁ……仮想現実系の作品は、一通り、さらっと確認しました。その上で、仮想現実モノに相対する「拡張現実モノ」の設定を考えましたね。それだったら仮想現実と変わらんやん、ってなっちゃうんで。

――仮想現実モノに対して拡張現実をお書きになられて、一体どのようなところが、新しいものとして生まれたとお思いになられますか?
東出 仮想現実に関しては、扱っている舞台がファンタジーっていうのもあるんですけど、現実世界での積み重ねがまっさらになった時点からの現実が基本ですよね。現実ではフリーターでも、ゲームの世界では騎士団長だったりしますよね。しかし、現実に置き換えてみると、無職からいきなりリーダーになるなんてことはまずありえない。ところが現実だとリーダーというのは現実世界において積み重ねたリーダーである。そういう風にして、現実と折り合いをつけた上で、拡張現実としての楽しみ、ということを、いちいち考えてます。

――折り合いですか。
東出 われわれは現実における理想の彼女は手に入れられないが、拡張現実における理想の彼女は手に入れることができる。これは現実に対する諦めですよね。みんないま、ファンタジーにおける女性を楽しみすぎたせいで、女性に対する理想が高くなっちゃっているんですよ。異性に対するものだけでなく、自分に対する理想もです。デジタルと現実の問題は、今がちょうど混乱の時代です。近いうちに統一されて、完全にアナログとデジタルの融合された世界になるのではないかと思います。

――この作品で伝えたかったこと、あるいは一番読んで欲しい箇所などがございましたら、ご教示いただけませんか。
東出 単純に楽しんでもらえればそれに越したことはないのですが、その上であえて言うとするなら、ぼくが書いた作品世界はもうすぐやってくる現実ではないかと個人的には推測しています。技手の腕で触覚を再現するとかが現実になってきているので、「初音ミク」や『ラブプラス』などのキャラが現実に存在することを不思議に思わなくなる、そんな時代が来るんじゃないかな、って思います。

「オーギュメント・アルカディア」
著者:東出祐一郎 イラスト:KEI
発売日:2013年3月19日 定価:1260円(税込)

【あらすじ】リアルと拡張現実が混在する未来。日本海沿岸の北廊市は五つの大企業『五本の指(ファイブ・フィンガーズ)』が支配する混沌の街となっていた。その北廊市の路地裏を執拗な追手から逃れる謎の少女・ディ。窮地に追い込まれたディを救ったのは、愛刀“十六夜”を引っ提げた私立探偵・鬼隠涼真! ディの秘密をめぐる涼真の死闘が今始まる!

■プロフィル

東出祐一郎:作家、シナリオライター。小説、ゲームシナリオ、マンガ原作などで活躍中。主な代表作に『ケモノガリ』(小学館)、『Fate/Apocrypha』(タイプムーンブックス)など。

KEI:イラストレーター。ボーカロイド「初音ミク」「鏡音リン・レン」などのキャラクターデザインを手掛けたほか、各種イラスト、コミックなどで活躍中。

藤田直哉:文芸評論家。日本SF作家クラブ会員。近著に『虚構内存在 筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』(作品社)がある。


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