先日、小学3年生の娘が「デパート探検をしてみたい」と言い出したので連れていった。 正面玄関から中に入ると、娘はまず、澄まし顔で無料のフロアガイドを手に入れた。そしてまるでそれが宝の地図であるかのように真剣に眺め、最初の行き先を決めて歩き始めた。

 彼女はエレベーターを3階で降りると、目指す店に突進した。そこが毛皮売り場だったから私は硬直した。
「わあ、毛皮コーナーって、本当に毛皮を売ってるんだ?」

 娘は表に飾られている35万円のファーをしげしげと眺めている。キャラクターTシャツを着た彼女は、どう見ても通りすがりの小学生で、お店に用があるようには見えない。それなのに店員さんはにこやかに近づいてきて「いらっしゃいませ」と、声をかけてくれた。

「すっ、すみません。社会科見学の一環でして」
 私はとっさにそう言った。学校の宿題のフリをしたのだ。
「あらエライわねえ。どうぞ中にいらして」
 親切な店員さんは、これがミンクよ、などと娘を案内してくださる。縮み上がる思いで薄汚れた白いスニーカー姿の私が後に続く。ああ、こんなことなら親子でもっといい格好をして来ればよかった。

「ねえお店で一番高い毛皮も見てらっしゃいよ」
 店員さんはそう言って、ツヤツヤと輝く黒テンのコートの袖口を娘に近づけた。なんと1260万円だという! 触ってごらんなさいと促され、娘はそっと撫で、表情をほころばせた。

「さあ、もういいでしょ。ありがとうございました......」
 粗相をしないうちに立ち去りたい私は気が気ではなかった。それなのに彼女は首を横に振る。そして私の手を取り、ああっ、なんと1260万円に近づけるではないか。
 私はおそるおそる人差し指一本だけでそれに触れた。その途端、ハチミツのようなとろみが指先に走った。ああ、なんて官能的な手触りなのだろう。一瞬の恍惚が走る。 店を出るころには私は背中にびっしょりと汗をかいていた。娘は満面の笑みを浮かべて店員さんにおじぎをした。

「あの毛皮、誰が買うんだろうね」
 私たちは帰り道で、一体どういう人があの毛皮を身につけるのだろうと語り合った。
「きっとお金持ちだろうね」
 超高級品を知った娘の顔は、今日いちにちで大人びていた。

 その晩、娘は満足げに早めに眠りについた。家で一番手触りのいいプードルのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら......。