天候不順のせいで食糧不足が生じた結果、種と肥料と農薬を買う余裕も無くなってしまったことが、農業を再開させにくい状況を生んでいるようだった。

 ならば、再び在来種の種と有機肥料を用いた農耕を再開すればいいとも思うが、そう簡単な話ではないようだ。

 ハイブリッドがマラウイを席巻した結果、在来種はほとんどなくなった。そのため、種を探すことが極めて困難な状況なのだという。また、いったん痩せた土地を、化学肥料なしで再び肥やすためには、ひどく時間がかかるとも聞いた。元に戻したくても、すぐには戻せないジレンマを、人々の話に感じた。

 ムズズでSeiboが活動を始めようとしている小学校を紹介してくれたのは、現地スタッフのフィスカニだった。彼はムズズ大学で言語学と地理を学ぶ大学1年生。私はフィスカニに、これまで聞いた話と私の理解が正しいものなのかを確認すると、「それは正しいのだけれど、(この事態を理解するためには)まだ知っておかなければならないことがあります」と言い、順序立てて説明をしてくれた。

 マラウイでは、調理やれんが造りなどに用いる焚き木を得るため、森林を伐採し続けていた。森の木を切り倒した後になんのケアもしなかったせいで、土壌侵食があちこちで発生した。つまり、土地が痩せてしまう事態は、ハイブリッド種だけがもたらしたものではないということだった。

 そこへ、天候不順が発生。痩せた土地は雨に流され、雨が降らなければサラサラの砂状となり、すぐに自力では復興しにくい状況が生まれてしまったという。また、散布される農薬はあらゆる虫を殺すほどに強力なため、生態系が変化してしまうことが強く危惧されることも、フィスカニは話していた。

 チロモニにある就業支援センター「ビーハイブ」のセンター長ピーター氏からは、また別の話を聞くことができた。

たとえ微額でも、より多くの現金収入を求めてトウモロコシなどの食物から、タバコやコーヒーといった換金作物の栽培に転向した農家が多いという。しかし、極めて厳しい価格交渉のもと、換金作物から得られる金は限られ、食糧を潤沢に買える状況ではない。かといって、急にまたトウモロコシを育てることはできない。

「現在の食糧不足が発生した理由は、天候不順だけが原因ではありません。天候不順は、あくまでもきっかけにすぎない。マラウイの食料不足は、人為的飢餓、人為的飢饉(ききん)とも言えましょう」

 ピーター氏はそう話して、目を落とした。街では、政治的飢餓だという人もいた。帰りの飛行機で隣り合わせた、マラウイで長く医療に従事するエチオピア人医師は、こう話していた。

「マラウイの状況を見ていると、マラウイの農業は、いったい誰のための農業なのかという気持ちになります。彼らがどれだけ働きに働いても、そこで生み出される富は、マラウイの民のものになっていません」

 マラウイに長く携わってきたある日本人援助関係者は、「単なる食料不足という話じゃないんです。極めて構造的な問題です」と話していた。私は彼の言に、深く頷いた。

 私にはもうひとつ、気になっていたことがある。この厳しい状況のもと、マラウイの人々は、食料不足と農業危機を、どうしのぎ、どう対処しているのだろう。

 フィスカニによると、「助け合い」でギリギリしのいでいるとのことだった。主食となるトウモロコシに事欠けば、互いに貸し借りし、時には少量を与え合うことで、互いに飢えをしのいでいる。畑に蒔く種や肥料についても、助け合いでしのいでいるらしい。

 農業については、畑を見せてもらうのがなにより理解の近道だと思い、フィスカニに相談すると、彼が携わっているチチメンベ村周辺の畑を、快く紹介してくれた。

 国道から脇道を進んでいくと、まず土壌侵食の実態が見られた。「ほら、こんなふうに流されてしまっている」とフィスカニが地面を指さす。

 立ち枯れたトウモロコシが並ぶ畑も、いくつも見られた。化学肥料を与えなければ、どれだけ育てても収穫にはいたらない。人の背の高さまで育ったトウモロコシが、そのまま枯れてしまっている光景は、実に悲しい。

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