そんな堀口さんを救ったのが、現在も一緒に暮らすフモフモさんシリーズ・まもものぬいぐるみ「よしおくん」だ。よしおくんに性格を作り、会話することで、どんどん心が癒され、時間はかかったが、笑えるようにもなった。

 これらの経験から、2009年、ぬいぐるみのネットショップをオープン。子どものころにスピカちゃんと離れ離れになってしまった経験から、「『この子とずっと一緒にいたい』というご家族の気持ちを大切にしたい」と、ぬいぐるみ病院を設立したのだ。

 病院には、全国から患者が訪れる。「出合った時の肌触りに戻してほしい」「辛いことを一緒に乗り越えた時の表情を再現してほしい」。家族の切実な願いに、スタッフは真摯に対応する。また、「リボンの似合う女の子と出合いたい」「大阪だからたこ焼きが食べられるのでは」「阪急電車を見せてあげたい」といった希望にも、できる限り寄り添うようにしている。

 入院の流れはこうだ。まず、病院のホームページの申し込みページに患者の種類やサイズ、大まかな症状などを記入する。その後、順番が来たら問診票と予約の案内がメールで届くため、入院日を予約。入院日が近づいたら患者を宅配便などで病院まで送る。無事に治療を終えると、患者はバスの絵が描かれた専用の箱に入って、家族のもとへと帰る。入院時期は症状の程度によるが、短くて2週間、高度な治療が必要な場合は数カ月かかることもある。

 基本的な入院費用は、高さ、幅、奥行きの積が60メートル未満の「ハムスターさんクラス」で1万4000円。手足の付け直しや顔・体のゆがみ矯正手術などは、別料金で受け付けている。

 病院のスタッフは現在、堀口さんを含めて20人強。家族と過ごした時間や環境によって、皮膚や綿の状態が違う患者を1体1体治療するのは大変だが、懸命に取り組む。針を通すと崩れてしまいそうなほどぼろぼろになってしまった「重症」の患者も多いため、ICUドクターの養成も進める。

「入院してくださった患者様のお箱を開くと、くたくたになりながら、ご家族を癒やし続けてこられた患者様から、入院を応援し、愛し続けてこられたご家族のお姿が思い浮かびます。私にとって、ご家族は自分の分身のようなものです。患者様を大切にしていただいているご家族が笑顔になっていただけるためなら、どんな困難な状況でも幸せな気持ちで頑張れます」(堀口さん)

 ある50代の男性は「リーマンショックで死ぬほどつらかった時、いつもそばにいて笑顔で寄り添ってくれた。だからその時の顔に戻してほしい」と入院を申し込んだ。堀口さんは「患者様やご家族のお1人ひとりが印象に残っています。患者様お1人おひとりを命ある存在として大切に受け入れ、きめ細やかな対応を続けていきたい」と話す。

 1体のぬいぐるみの後ろには、さまざまな家族の物語がある。ぬいぐるみ病院では、そんな家族の思いをくみとりながら、今日も懸命な治療が行われている。(ライター・南文枝)