このあと、ニューヨークとロサンゼルスで大きなコンサートが予定されていて、ディランはもちろんエレクトリック・セットにこだわろうとしていたのだが、ブルームフィールドが当時在籍していたバターフィールド・ブルース・バンドに専念したいという理由で、不参加を表明。そこで新たなギタリストの候補として声をかけられたのが、ロビー・ロバートソンだった。
そのころ親しくしていた女性がディランのマネージメント・オフィスのスタッフだったこと、レコーディングを手伝ったことがあるジョン・ハモンドJr.(ディラン、ブルース・スプリングスティーンら多くのアーティストを世に送り出した功績で知られる大プロデューサーの息子)からの推薦などがあってのことだと思う。
当時はまだ無名の存在のロビーだったが、『Testimony』では、ジョンと一緒に「ライク・ア・ローリング・ストーン」を「見学」していたという興味深いエピーソードも紹介されている。
ディラン本人とも会って話したあと、ロビーは「リヴォン・ヘルムも一緒なら」という条件で参加することになり、そこでいい感触を得たこともあってさらには、「僕らのバンドでやってみたら?」と話が進んでいった。
リック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソンも含めた顔合わせセッションをへて、ディランは9月25日、ザ・ホウクスを従えて65年後半のツアーを開始。いわゆるフォーク原理主義者からのブーイングを耐えながらも、ツアーは進行し、6人の絆は深められていく。
しかし、11月末のニューヨーク滞在中、ロビーの部屋を訪ねてきたリヴォンが「もうやっていけない」と離脱の意思を伝えたのだった。当時の経緯に関して敬愛する著述家グリール・マーカスは『ミステリー・トレイン』のなかで「ザ・ホウクスは、結局、リヴォンのバンドだったのだ」と書いている。また『Testimony』では、もちろんロビーの視点でということだが、深夜のマンハッタンでの二人の別離が感動的に描かれている。ザ・バンドを愛する人たちには、どちらも一読をお勧めしたい本だ。