「あの時だけじゃなくて、他にもあるんです。朝ごみを出してもらっているんですけど、この間ちょっと準備が遅れたので、『ちょっと待って』といったらキレられて……」
夫も応戦します。
「その前段があるんですよ。あの日は、妻が大変そうだったから、私は子どものオムツを替えようとしたのに、子どもは『ママがいい』と嫌がっててこずったりして……。その日、大事な会議があってただでさえ急いでいたのに、いつもより遅くなっていて時間が押していたんです。だから妻は私が急いでいるのわかっていたはずなんです……」
私はこう聞いてみました。
「娘さんをお風呂に入れて、って言われたときの気持ちを思い出してください。その時の感じって、なじみ深いものですよね?」
夫は、ちょっと考えて、
「そうですね」
私は、
「そう感じた、一番古い記憶ってどんなのがありますか?」
と聞きました。夫はしばらく沈黙してから話し始めました。
自分は長男で、下に弟がいたんですが、そこにちょっと年の離れた妹が生まれたんです。母が入院中は、弟がママに会いたいとべそをかいているのをなだめたり、弟の面倒を子どもなりに頑張ってみていました。なので、母が産院から帰ってきたら、こんなふうに頑張ったと母に報告して、そしたら母に褒めてもらえると思っていたんです。でも妹は生まれたときにちょっと病気があって、母なりに大変だったのでしょうけど、夕方退院して帰ってきて一段落した隙をついて話しかけようとしたら、母が
「弟を風呂に入れたの?」
と言ったんです。ずっと忘れてましたけど、いま突然思い出しました……。
そう言って目頭を押さえました。香織さんもそれを聞いていて、涙ぐんでいます。さらに話は続きます。
めそめそしてたら、お父さんが帰ってきて、怒られたそうです。
「なに、めそめそしてんだ。お前はもう8歳だろ。今、お母さんは大変なんだから、面倒をかけるんじゃない」
と。私は、
「ああ、だから褒めてほしいのに褒めてもらえなくて悲しい時に、悲しく感じる代わりに怒るんですね」
と言いました。