インタビューに答えた響の長友光弘さん(本人提供)
インタビューに答えた響の長友光弘さん(本人提供)
アンタッチャブルの柴田英嗣=2004年撮影 (c)朝日新聞社
アンタッチャブルの柴田英嗣=2004年撮影 (c)朝日新聞社

 セーラー服におかっぱ頭、スカートとブラウスの間からポロリと出たお腹のお肉。「どうもすみませんでした」のフレーズでお茶の間を沸かせたお笑いコンビ、響の長友光弘さん。現在、福岡県に本店をもつラーメン屋、暖暮(だんぼ)のフランチャイズ店を宮崎県で2店舗、共同オーナーとして経営し、副業として年商5800万円をあげたのは、記憶に新しい。近々、3店舗目を出店計画するが、そのラーメン屋オーナーになるきっかけを作ってくれたのは、意外な人物だった。

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「実は、ラーメン屋を紹介してくれたのは、アンタッチャブルの柴田さんなんです。あの人も、暖暮のラーメンが大好きでよく食べていたらしいんですよ」

 柴田さんを通して暖暮の社長を紹介してもらったと長友さんは言う。しかし、事務所も違う長友さんと柴田さんはどうやって知り合ったのか?

「僕、アンタッチャブルさんの大ファンだったんですよ。それで共通の後輩が居たので、紹介してもらったんです」

 出会った時から、憧れの先輩とは毎日のように会っていたという。

「週7ですね。だから、ほんとに毎日一緒でしたよ。8年くらいの付き合いなんですが、最初の2年間は、毎日。だから僕が、仕事終わると柴田さんを迎えに行って遊びに行くという生活でしたね」

 憧れの先輩と毎日居れることに大満足だった長友さん。しかし、ある提案をしたという。

「さすがに毎日いると、気を遣って疲れてくるじゃないですか。だから、柴田さんと“親友契約”を結んだんです(笑)」

 「親友契約」。縦社会の厳しい芸能界。こと芸人の世界は尚更だと聞くが、そんな契約が出来るのか?長友さんの言葉に耳を疑ったが、続けて長友さんは話す。

「敬語は使いますよ、きちんと。ただ先輩後半の関係で、毎日ずっと居続けるのは、さすがに厳しいと思ったんで、『気をつかわなくていいですか?』って最初にお願いしたんですよ」

 言葉で言うのは簡単だが、なかなか出来ることではない。しかし、長友さんはそれが出来てしまう。それは、見た目からもわかるふくよかで愛くるしいキャラクターはさることながら、相手の懐にスーッとスマートに入れるところ。取材中も、終始笑顔で、変な間が開かないように、うまくトークで繋いでくれる。そして、何でも率先して話してくれる。そこに安心感を感じる。

「結局、気を遣う様な関係だと長く続かないですから、僕は一番最初に気を遣わないポジションに持っていくようにさせてもらったんです」

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信頼関係は揺らぐことはない