昭和19年から20年にかけての広島・呉を舞台に、戦時下で生きる市井の人々のくらしを描いたアニメーション映画「この世界の片隅に」。異例のロングラン上映が続くなか、9月に発売されたBlu-rayもオリコン総合1位(9/25付 週間BDランキング)になるなど、近年まれにみる大ヒット作となった。
今回実現した、監督・片渕須直さん、監督補/画面構成・浦谷千恵さん、そしてふたりが映画を制作するにあたってその著書等を参考にしていたという生活史研究家・小泉和子さんの鼎談。3人が映画や著書を通してもたらした、「語り継がれていなかった歴史」が語られるきっかけとは?
※「『この世界の片隅に』秘話 アニメ制作のためにスタッフが通ったある場所とは?」よりつづく
* * *
「この映画はストーリーに必然性があってこの時代の状況を表す説明がとても行き届いている」と小泉さんは言う。
「海苔づくりから落ち葉拾いまでよく手伝いをする子どもたちの様子や、鉛筆を短くなるまで大事に使うこと、そして見合い話を父親が勝手に受けてしまうという家父長制的な結婚。すべてこの時代では当たり前のことなのですが、それが、すずという一人の女性の日常を通じて丁寧に描かれているなと思いました」
一方で、その時代を知らない若い世代にはそれらの描写が「当たり前の日常」ではなくフィクションのように受け取られることもあると浦谷さんは言う。
「『顔もしらない人同士の結婚なんて無理がある』という感想をもらったことがあるんです。漫画の設定だと思われたんですね」
アニメ映画にしては珍しく70~80代のお客さんも多かったという本作。「きっと40~50代くらいの方がご覧になって、これはもしかすると自分の親に関係があるんじゃないかと思って、連れてきてくれた人たちがいるんでしょう」と片渕さんは推測する。
小泉さんも、自身の著書「くらしの昭和史 昭和のくらし博物館から」の読者から「面白かったので母にも贈りました」という感想をもらったことがあるそうだ。
そういうやりとりが「語り継がれていなかった歴史」が語られるきっかけになるのではないかと片渕さんは言う。
「僕の母は戦争のときは大阪の郊外にいて空襲にあったこともなかったし、親戚に農家がいたのであまりお腹が減った記憶もないそうなんですね。戦時下といえどもわりと普通のくらしを送っていたから、わざわざ語ることもないと思っていたんでしょう。この映画をみてからやっと、自分もああいうふうにかまどの前で御飯を炊く火の番をしていただとか、戦争中の自分の話を聞かせてくれるようになりました」
映画の中では戦災についてもきちんと描かれている。主人公のすずも空襲にあうし、家族や友人も失う。ただそういうことも「日常の延長線上として描いている」ところがこの映画の特長だと小泉さんは話す。
「私が経験として思うのは、戦争をするときは『さあ、これから戦争をしますから、みなさんもやりますか?』なんて声がけがあって始まるわけじゃないということ。ある日突然始まるんですね。そういう、日常の地続きに戦争があるんだということをとてもよく表していると思います」