

オリンピックメダリストになるという偉業を成し遂げ、引退後もスポーツを通じてビジネスや社会活動などを展開し新たなアスリート像を生み出し続ける有森裕子さん。その“的確なシフトチェンジ”の秘訣とは。『イノベーションファームって、なんだ?!』(朝日新聞出版)に掲載された、有森さんと、トーマツベンチャーサポートの大平貴久さんの対談を特別に公開する。
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大平:レースで走っているときに、応援の声は聞こえるものですか?
有森:聞こえますし、表情も見えますよ。調子の良いときには励ましてくれる声が、不調の時には嫌な声が聞こえるんです(笑)。つまり自分の問題なんです。
大平:環境が自分の鏡になっているんですね。
有森:自分の調子が悪いと、相手や周囲のせいにしたくなるけれど、それはなるべくやらないようにしていました。特にマラソンは時間が限られた競技なので、相手に変化を求めるよりも、自分を変えることで改善できる「業(わざ)」を持っていれば、より早く望んでいるところに行けます。そういう考えかたは、選手人生の早い時期から持っていました。
■練習では「納得感」を重視費やす時間は無駄にしない
大平:有森さんのようなメンタリティーを持つ人にこそイノベーターの素質があるような気がします。そのような考えを持つ、きっかけはあったんですか。
有森:自分に実績がない状態で、ランニングチームに入ったことでしょうか。私は押しかけでリクルートに内定をいただいたのですが、入ってみると他の選手たちは監督やコーチに練習のことで文句を言っていたんです。でも私は文句を言える立場じゃないと思っていたし、そういうやりとりを見て「時間がもったいないな」と思っていました。ある日、練習メニューの内容に疑問があったので監督に聞きにいったら「俺はお前を弱くするためのメニューは出していない」と言われました。「それはそうだな」と思って(笑)。
だったら信頼して、自分はやるべきことを精一杯やろうと。お互いの目標が一致しているなら、その他の細かい部分については、一致するまで相手の変化を求める必要はないなと思ったんです。
大平:自分が気になるところは確認したうえで、監督やスタッフをリスペクトし、同じ目標に向かっていく。それはチームとして大切なことですね。
有森:細かいことで文句は言いませんが「納得できるかどうか」は大事にしました。例えば今日の練習は翌日にどうつながって、どんな意味があるのかは、自分のなかできちんと納得して落としこみたかった。自分が動く時間、費やす時間を無駄にしないことにはこだわりました。
大平:そういう選手は監督も嬉しかったんじゃないでしょうか。