昨年10月、滋賀県大津市の市立中学2年生(当時13)がいじめを苦に自殺したとされる問題をめぐって、ニュースキャスターの辛坊治郎氏は、教育委員会の即時撤廃の必要性を訴えた。

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 自殺後の全校生徒アンケートを当初、非公表と決めたのは誰か。どんな権限の下で、市教委から県警に提出された報告書の中から、「自殺の練習」や「先生が見て見ぬふりをした」などの重要な情報が削除されたのか。加害少年に対する聞き取り調査を1回でやめたのはなぜか。7月12日の緊急保護者会の後、沢村憲次教育長は「全校アンケートについては、個人情報が特定されない形で提供する」と述べたが、単なる実務者の長に過ぎない教育長が、他の教育委員に諮らずに、これだけの重要な判断を一人でしていいのか。

 次から次へとあふれ出る疑問を並べていくと、問題は一目瞭然だ。それは、「合議制で教育における重大な決定をする」という教育委員会制度が、全く機能していないということだ。現場の教員上がりの教育長が、現職教員からの出向者が主力の教育委員会事務局を従え、「合議制」の建前の下で、教員組織を守る砦(とりで)としての役割を果たす。教育長を除く教育委員は、「委員長」も含め、組織に権威を与えるお飾りに過ぎないのだ。

 いったいどんな顔ぶれが大津市の教育委員に名を連ねているのか調べようと、大津市のホームページを開いて我が目を疑った。どこをどう調べても、具体的な名前にたどり着けないのだ。

 教育委員会の設置理由の一つには「広く地域住民の意向を反映した教育行政を実現」することが掲げられている。教育委員会の強固な権力は、かつては委員が公選であったことに由来する。公選でなくなった現在も、委員会が強い権限を持つためには、少なくとも、どこの誰が委員をやっているかについて、市民には周知徹底されなくてはならない。大阪市、大阪府、東京都のホームページには、しっかりと委員のフルネームが記載されている。当然だ。皆さんの住む自治体ではどうか? もしそこに、教育委員の名前すらないようなら、すでにそれは、地域教育の危機である。

 この原稿を書いている時点で、大津市の教育について最終的な決定権を持っているはずの教育委員長は、名前どころか、姿も形も見えない。そんな教育委員会に存在意義はあるのか? 私は、「教師の教師による教師のための教育委員会」の、即時全廃を主張する。

※週刊朝日 2012年8月3日号