ピーク時(1963)には41万7600戸、2015年2月には1万7700戸。これは何の数字かというと、日本の酪農家戸数の変化である。日本の酪農はこれほどの減少傾向にある。そんな中、搾乳牛9頭、仔牛5頭を自然放牧で育てている小さな乳業会社が今、注目されている。
「もしかしたら、ボクの人生の中で1番おいしいプリンかもしれない!」放送作家であり、レストランや老舗料亭「下鴨茶寮」の経営もしている小山薫堂さんがラジオで絶賛したプリン。ホテルニューオータニ「パティスリーSATSUKI」の“東京スーパーチーズケーキ”に使用された牛乳などなど。これらを製造しているのは東京都の離島、八丈島にある「八丈島乳業株式会社」である。
意外なことに、明治28年にはすでに酪農に取り組んでいた八丈島(運搬や農耕、牛相撲のための飼育はさらに古く、安政3年には825頭も牛がいた記録がある)。その歴史を引き継ぐただひとつの会社。現在はジャージー牛を自然放牧している牧場と、生乳を加工する工場という両輪で経営されている。
乳製品づくりの主人公は専務取締役兼チーズ職人の魚谷孝之さん。大学~大学院で牛乳のタンパク質成分について研究し、卒業後は千葉にある牧場を持つ乳業会社で乳製品づくりを担当。八丈島には2012年に旅行で初めて訪れ、2013年4月から乳業会社で働くようになった。
魚谷さんが得意なのはチーズづくり。ジャージー種の牛乳はそもそも味が濃いが、そのうまみが圧縮されたようなモッツァレラチーズが主力商品だ。試験的にリコッタチーズやハードタイプのチーズなども作っている。そのほかジェラート(10種類以上)、ヨーグルトドリンク、そしてプリンなどの製造のチーフである。
「千葉の会社でずっと働くのがいいのかと迷いがあったときに東日本大震災があり、現地を見たいと思い、会社を辞めて震災ボランティアとして宮城に行ったんです。そのあとは放射能検査の会社で働いていました」というユニークな経歴を持つ魚谷さんは、旅行中八丈島に酪農があることを知り乳製品づくりへの思いが再燃。船から海に浮かぶ島を見たときに感じた「ああ、この島で何かしてみたい」という気持ちのまま、乳業会社の社長に「働きたい」と連絡を取り、今に至っている。しかし、その乳業会社は2014年に閉業してしまった。生乳を提供する酪農家が1軒もなくなったからだ。