紙を素材にしたジュエリーを作るペーパークラフト作家・佐藤ミチヒロさんの作品展が台湾で開催されている。
佐藤さんは関西在住で、長くドイツ・デュッセルドルフを拠点に活動してきた。今回の作品展はニューヨーク、北京に続いて、台北市内で12月1日まで開かれている。
11月9日、作品展の初日。台北市府中のアートカフェで行われたスライドレクチャーには地元の大学生や作家、社会人など50人ほどが集まった。
「日本ではなかなかこういう場が持てないので、楽しみにしてきました」と佐藤さん。展示された作品は、紙を素材にしたペンダントやブローチ、指輪など。繊細なフォルムの中に強い個性と華やかさが香り立つようだ。
今回の作品展は、佐藤さんが毎年審査員をつとめる「伊丹国際クラフト展」に台南大学の教授が参加したのが縁で開催が決まった。個展と合わせて、台南芸術大学でワークショップも開かれた。
「一期一会の作品を大切にしたい」
佐藤さんは、そう言う。作品に使う紙は、芸術的な和紙などではなく、クラフト紙やカタログの紙、便箋などの実用品だ。紙にしみこんだ記憶や思い出や情報を作品の中に閉じ込め、ひとつひとつ作り上げていく。
ドイツ滞在中に初めて作った紙の作品は、地元の友人たちの名前が印刷された電話帳の紙の切りくずで作ったブローチだった。当時のドイツは経済状況が悪化。人の心にも闇が下りているように感じたという。
「失業中だったり、体調を崩していたり、心を病む友人もいた。彼らの名前が載った紙を使い、友人たちの幸せを願って作りました」
この作品が伊丹市の国際クラフト展で大賞を受賞。佐藤さんの出世作となった。
カタログやチラシなど身の回りにある印刷された紙は、社会を映し出していて、特に興味深いと佐藤さんは言う。
「紙、それはやわらかくて壊れやすいイメージですが、自分たちの社会や時代と結びついているように感じます」
代表作の蕾のかたちをしたペンダントはドイツのIKEAのカタログが素材となっている。
「予想がつかない色や模様の出方が面白くて、広告の紙なんかでよく作りました」
明日が、今日より少しでも良き日でありますように。そんな願いを込めて、一瞬を永遠へとつなぎとめていく。
「量産はしないのですか?」
スライドレクチャーの会場で、ある学生に問われ、彼はこう応えた。
「しないのでなく、できないのです」
紙という弱い素材を丁寧に重ね合わせて作るから、手間も時間もかかる。その時間を含めて作品だという。
「同じものを作ることはできないし、それは自分の作品ではない気がする」
2004年に帰国してから作り始めた作品がある。
ピンブローチを組み合わせた大作。おぼろげな色合いと形をもつ作品は、赤ちゃんの笑顔の写真が元になっている。画鋲の頭に漆を塗った小さなピンブローチが無数に集まって、1メートル30センチ四方の大きな「笑顔」を作り出す。気に入った人が一個ずつ買い求めることができる。それは一つの笑顔を共有することであり、集まって作り上げることでもある。「画鋲って、メモなどを忘れないようにとめたり、大切なものを壁にはっておいたりするもの。そんな機能もこの作品の大切な要素になっています」
ひとつの作品を、多くの人が分け合い、共有し、記憶する。小さなピンブローチの一個一個が作品であり、それが人の手にわたってさまざまな場所へと旅立っていく。
ジュエリーもまた、人が身に付けることで時空を漂う。
心臓を患っていたアメリカの友人のために作ったハート型のペンダント。重なり合うクラフト紙は細かい血管の集まりのようにも、筋肉の細い糸のようにも見える。病む人の胸元で静かに時を刻んで欲しい。ジュエリー本来の意味をあらためて考えさせる作品だ。
水にも、風にも、力にも抗しきれない紙のジュエリー。それは、何物にも抗しないことで永遠の力を持つ。
佐藤さんは自身のブログでこんな風に書いている。
台湾の年輩の女性客が30センチほどの作品を手に、熱心に見入っていた。それを身近に置いて暮らす日々に思いをはせているように見えた。
文と写真=中村ひろみ
「佐藤ミチヒロ 首飾展」は 12月1日(日)まで、台北市のGaller BMFJで。
No.27, Ln.1, Sec.2, Chengde Rd.,Taipei City 103, Taiwan
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