同じ登場人物が、噺家によって全く違う表情を見せ始める。すべてが聞き手の想像に委ねられている落語ならではの楽しみがある。AERA 2020年3月23日号の記事を紹介する。
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よろけた妻の手元でガシャン!と割れたのは、昼間から酒をかっ食らって働こうとしない亭主が大切にしていた瀬戸物。
「大丈夫か? 指切ったりしてねえか? 怪我はねえか?」
「まあ、ありがたい。おまえさん、そんなにあたしの体が大事かい」
ダメ亭主の思わぬ優しさに感激しているのは、落語「厩火事」に登場する髪結いのおさきだ。キラキラ笑顔の彼女をこの後、思わぬ展開が待ち受けているのだが……。
噺の中で、おさきは働き者でおしゃべりでもの知らず(現代でいう天然?)な妻として語られる。元の噺が同じなのだから、誰がやってもおさきはおさきのはず。なのに、演じる噺家によって、聞き手の頭の中に全く違う女性キャラクターが現れ、生き生きと動き出すのが落語のおもしろさだ。
噺家によるキャラの違いを具体的に見てみよう。ここから先、完全に筆者の妄想ですのであしからず。
たとえば、今最もチケットが取れない落語家の一人、春風亭一之輔師匠。ちょっとひねくれていながらも抜群のセンスを持つ一之輔師匠が演じるおさきは、粋でしゃんとしなやかに生きている「イイ女」だ。
器量良しで腕もいい、喋りも楽しいけれど、どこかとぼけている。だからこそ付いているお客さんも多い。芯が強くて、気取らなくて、亭主を心から愛している。「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」という最上級の褒め言葉は、一之輔師匠が演じる女性にこそ似合う。
一方、キュートで親しみやすい見た目から繰り出される美声でお腹一杯になること請け合い!の桃月庵白酒師匠が演じるおさきは、少し小柄でちゃきちゃきと良く動き、明るく要領よく髪結いの仕事をこなしている。
男性である仲人や亭主に対しての「ウザカワイイ」女ぶりが実に痛くて愛くるしい。白酒師匠のトレードマークがピンクの着物(「桃」月庵だから)なのも相まって、「いるよね! いるよね! ピンクが似合うこういうウザカワイイ女!」とニヤニヤ(ムカムカ?)してしまう。
若手の頃から数々の賞を総なめにし、往年の落語ファンをも黙らせる正統派・柳家三三師匠が演じるおさきは細身でクールビューティーな面持ち。自分の腕一つで、亭主を食べさせているしっかり者だ。