「若手の挑戦やトライアンドエラーに寛容で才能を育てる器があり、新旧の街と人々が交差し、熱量を持ったコミュニティーが至るところにあります。それが今のソウルの街、カルチャーを魅力的なものにしている理由かもしれません」(長谷川さん)

 そのような熱気に支えられ、韓国文学も人気がある。翻訳家の斎藤真理子さんにおすすめの作品を聞いた。

「パク・ミンギュは1968年生まれ、韓国文学の異端児として揺るぎない地位を築いています。『ダブル』は05年から11年までの間に書かれた短編を集めたものですが、大の音楽好きの著者らしく、LPレコードをイメージして『サイドA』『サイドB』と名づけられています」

 重い病気を得て最後の日を過ごすために故郷へ帰ってくる中年男を描いた「近所」など人情劇風のドラマから、どこまでも深い海溝の奥底を目指す人類を描いた「深」、旅行中にいきなり車に乗り込んできた殺人鬼と一緒にどこまでも旅をしなければならない状況を描いた「ルディ」など奇想天外なSF・ファンタジー風の作品まで、幅広く並んでいる。

「韓国の現代史を踏まえながらどこまでも普遍的で、底抜けの想像力を繁茂させつつ必ず私たちの生きる地上へと戻ってくる、豊かな物語の数々です」(斎藤さん)

 ハン・ガンは70年生まれ。アジア初のマン・ブッカー国際賞を受賞し話題になった。『少年が来る』(井手俊作訳、クオン)は80年に起きた光州事件を立体的に描き出した力作だ。

「ハン・ガンは光州で8歳まで過ごし、事件が起きる数カ月前に家族でソウルへ引っ越しました。いわば『生き残ってしまった痛み』をもとに、膨大な量の資料を読み込んでから執筆を始めました。死者と生者の両方の声に耳を傾けようとすることで暴力の真の顔を暴き出し、現在と過去をつなぐ渾身の一冊です」(斎藤さん)
(編集部・小柳暁子)

AERA 2020年3月30日号より抜粋