新型コロナウイルスの感染拡大で、改めて人生の終わり方について考えた人は少なくないだろう。日本在宅ホスピス協会会長で、小笠原内科・岐阜在宅ケアクリニックの小笠原文雄医師は、患者本人の在宅死の希望を尊重してきた。印象に残っているエピソードを聞いた。
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医師の小笠原さんは、31年前に岐阜市内に小笠原内科を開院。これまで約1500人の在宅看取り(このうち一人暮らしは95人)を経験した。
その中で忘れられない患者は、2017年12月に腎臓がん(肺転移・骨転移)で亡くなった、一人暮らしの87歳の女性だ。
在宅での緩和ケアを希望していた。小笠原さんが往診や訪問看護を続けて苦痛は取れたが、認知症が進み、寝たきりになった。
ずっと家にいたのは、名鉄特急の始発列車を見ながら発車時に流れるメロディーを聞くことが、60年続けてきた生活の楽しみだったからだという。
「血圧が80と低くなり、(長男の)嫁から『入院させて』と電話があったので、私は看護師らと訪れ、嫁、孫息子と一緒にACP(人生会議)を始めました。途中で女性は介護されてトイレに行き、戻ると私の目の前に座り、私の手を握り、愛おしそうにさすりました。驚くことに、立ち上がって私の背に回り、肩もみまでし始めたのです。終わるとふらふらとベッドに戻り、そのまま眠りました」
その姿を見た家族は、本人の希望を尊重して、入院させることを諦めた。翌朝、女性は旅立った。
「最後に名鉄特急の音を聞きたかったんだよ」
と小笠原さん。本人の希望を尊重した家族の心は、穏やかだったという。(本誌・大崎百紀)
※週刊朝日 2020年6月19日号