指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第23回は「ダーレオーエンとの約束」について。
* * *
リオ五輪開幕まで2カ月余の2016年5月下旬、五輪で2大会連続のメダルを狙う萩野公介と星奈津美とともにノルウェー南西部の都市ベルゲンに行き、12年に急逝したアレクサンドル・ダーレオーエンの名前を冠したプールで開かれた大会に出場しました。
ダーレオーエンは08年北京五輪100メートル平泳ぎ銀メダリスト。58秒91の世界新をマークして2大会連続金メダルを取った北島康介の最大のライバルでした。北京五輪の翌年、「世界一の北島を育てたコーチが、どんな指導をするのか知りたい」と連絡があり、日本にやってきました。
北島が04年アテネ五輪で2冠を取って以来、海外から選手が訪ねてきたときは、泳ぎの技術やトレーニング方法を惜しみなく伝えてきました。世界の一流選手を教えることで新たな視点が得られるからです。
ノルウェー選手で初めて五輪の競泳メダリストになったダーレオーエンは建築と写真を学び、オフにはスキーなどアウトドアスポーツを楽しむ好奇心旺盛な好青年です。プールで北島と一緒に練習をして、私の自宅にも来てくれました。
巣鴨の焼き肉屋で2人で食事をしたとき、「北京五輪で北島が勝つと思っていたか」と聞かれました。北京五輪のダーレオーエンは絶好調。準決勝は世界記録まで0秒03に迫る59秒16でトップ、北島は予選より記録を落として59秒55でした。私と北島は58秒台の世界記録を目標にしてきたこと、そのための練習や試合でのウォーミングアップをどう行ったかなど、つたない英語で説明しました。
ダーレオーエンは大きな口を開けてアハハハハと笑い、「それなら負けるわけだ。納得した」。心を開く表情を見て、恵まれない子どもたちに水泳を教えるなど人徳があり、母国でも人気が高いわけがわかったような気がしました。