林檎というのは鳥や獣や沢山の動物たちが集うからその名がついたと御主人から教えていただいた。
片山さんの林檎は箱を開けた瞬間から匂い立つものが違う。人々の手がそれだけかかっている証拠だろう。
息子さんに代を譲って八十九歳の御主人の世話をしながら、彼女は太宰治まなびの家の館長をしたり、カルチャー教室でエッセイを教えながら今を過ごす。ほんとうにいいもの美しいものを知る数少ない女(ひと)だ。
その彼女の美意識を教える場所がなくなる。残念だ。各地でカルチャーセンターが閉校するのは、一時のカルチャーブームが過ぎたからでもある。生徒が集まりにくいというが、月一回、私が唯一、二十数年続けるNHK青山の「下重暁子のエッセイ教室」には、東京近郊だけでなく鶴岡(山形)、上田(長野)、浜松(静岡)など、遠くからずっと通ってくれる方がいる。男性も多く、年代も職業も様々。密を避けて休講の時も、彼らで始めたメール句会「あかつき」は続いている。
コロナで文化が失われていくことがなんとも寂しい。
※週刊朝日 2020年7月10日号