林:そういうことだったんですか。

渡辺:そのバンドブームのときに、林真理子さんがラジオで「渡辺真知子、もっと出てこ~い! 出なきゃいけない!」って叫んでたと、お友達から聞いたことがあります(笑)。

林:ほんとですか。お恥ずかしい。

渡辺:いや、すごくうれしかったです。

■ 玄人ウケが多かった 南こうせつさんは節目節目で助言

林:このあいだ作曲家の服部克久さんがお亡くなりになりましたけど、服部さんは渡辺さんを可愛がってらしたんでしょう?

渡辺:はい。2年前には前田憲男先生が亡くなって、その10年ぐらい前には羽田健太郎さんも亡くなって。

林:ハネケンさんですね。

渡辺:「迷い道」も「かもめが翔んだ日」も、レコーディングはハネケンさんがピアノを弾いてくれてたんです。だけど、すぐヒットしてしまったので、バンドをつくってるヒマがなく、スタジオミュージシャンのまま、彼がバンドマスターでコンサートを回ってくれたんです。すごいギャラだったと思いますけど、「歌がしっかりしてるから、バンドはうまくないとダメだ」ということで。

林:へぇ~、そうなんですか。

渡辺:ハネケンさん亡きあと、前田憲男先生もよくしてくださって、舞台では思い切りいい形で私を振り回すんですよ。私があたふたしてるのを見てみんな笑うんですけど、そんなことができるのは前田先生ならではでした。

林:皆さん、今までの日本の女性歌手にはないものを渡辺さんに発見されたんじゃないですか。

渡辺:スタジオミュージシャンの方々とか、いわゆる玄人ウケすることが多かった。南こうせつさんからは、20代、30代、40代の節々にいろいろアドバイスをいただいて、「お客さんのために歌うのはあたりまえだけど、真知子の場合は次の世代の歌い手たちを引率してほしい」みたいな。

林:でも、渡辺さんとかユーミンとか中島みゆきさんとか、この第1世代を越す人はなかなか……。

渡辺:ボーダーレスという意味では、演歌の人たちですね。みゆきさんは演歌の方にも詞を提供されてますけど、「ニッポンの歌」という部分では接点があるんじゃないかな。

林:演歌の方、みんな歌うまいですよね。

渡辺:歌唱力がありますからね。

林:このあいだこちらのコーナーで島津亜矢さんにお目にかかりましたけど、「歌怪獣」というあだ名があって、何だって歌っちゃうでしょ。すごいなと思いますよ。

渡辺:あの声がね。鉄板のようですよね(笑)。

【後編:「アイドルグループ大物プロデューサーの申し出も断った?渡辺真知子が自分で歩く理由」に続く】

(構成/本誌・松岡かすみ、編集協力/一木俊雄)

週刊朝日  2020年7月17日号より抜粋

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