山下さんは、古民家再生などに詳しい建築家らと連携、6月24日からネットで始めた署名運動にこれまで約3千人が賛同した。「尾崎市長から贈られた桜は100年以上にわたってアメリカの何百万もの人々に喜びをもたらしてきました。住まいを守ることで功績を称えましょう」など、熱烈なコメントを添えた欧米からの署名も多数届く。

 山下さんらがこの署名を携えて訪ねたところ、工務店側が今月いっぱいは解体を猶予して交渉に応じる姿勢を見せたため、敷地ごと買い取る、敷地の外に移築して保存する、の2案に絞り、クラウドファンディングを始めた。専門家として助言をしている建築家はこう言う。

「土地が原価程度であれば、買い取って敷地内に何棟か趣の似た洋館を建てて分譲し、『プチ明治村』のような形で残すのがベスト。場所が見つかれば移築も可能ですが、解体復元に1億円以上かかり悩ましい」

 英国における建築保存が専門の千葉大学大学院工学研究科の頴原澄子准教授はこう指摘する。

「旧尾崎邸のように築後100年も経った建物は、持ち主からの申し出を待つだけでなく行政も保護の網を掛ける必要があると感じます。英国では第2次世界大戦中に戦後復興を見据えて重要な歴史的建造物のリスティングを始め、現在では約50万件も登録建造物があります」

 片や日本の登録有形文化財は約1万2千件。築後50年を一つの基準に、持ち主の申し出により「ゆるやかに守る」ことを意図していて改変などに規制が少ない代わりに補助もわずかだ。一方、重要文化財や国宝は「指定文化財」で外観も内部の改変も規制対象になる分、補助も大きい。

「提案したいのは『登録』と『指定』の間で、取り壊しについては行政と持ち主の間で協議が必要という扱いです。旧尾崎邸も、事前協議で保存を前提とした売買が行われていれば、今回のような騒ぎにはならなかったと思います」(頴原准教授)

 尾崎夫妻の魂が、静かに成り行きを見守っている。(編集部・大平誠)

AERA 2020年7月20日号

暮らしとモノ班 for promotion
【フジロック独占中継も話題】Amazonプライム会員向け動画配信サービス「Prime Video」はどれくらい配信作品が充実している?最新ランキングでチェックしてみよう