■彗星と病気
ハレー彗星云々は彼の思い込みというか、大ユーモア作家の最後のご愛敬だが、彗星が病気を運んでくるという迷信は古くからヨーロッパにある。インフルエンザの語源は中世イタリアのinfluentia coeli(天空の影響)に由来する。それ以前にも、空から落ちてきた天体が、災害や疫病をもたらすという話は、プラトンの対話編『ティマイオス』にあるという。20世紀になっても、定常宇宙説で知られる英国の大天文学者フレッド・ホイル卿は彗星の核には無数の細菌やウイルスが含まれ、これが地球に近づくと病気が流行る(パンスペルミア)という説を提唱した。
それまでの彼の天文学者としての信用で「Nature」など一流科学雑誌に論文が出たが、大部分の医学・生物学者からは無視された。しかし今でも一定数、その信奉者はいる。今回も、彗星の出現がもう少し早ければ新型コロナウイルスと結びつける論文が出たかもしれない。ただ、独立して複製できる細菌はともかく、宿主生物がいないと増殖できないウイルスについては、パンスペルミア説は難しいだろう。
◯早川 智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など
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