渡辺さんが「20年以内」にこだわるのは、この三つのステップを自分自身が踏もうと考えているからだ。

「まずは私自身の脳と機械を接続し、機械のなかで意識が生き続けることを目指します。究極的に機械の意識を証明するためには、自分自身の意識をもって確かめなければならないと考えるからです」

 その背景にあるのが、小中学生のころから抱き続けている「死」への恐怖だという。

「普通なら成長とともに、人間には寿命があっていつか死ぬ、というあきらめがつくのですが、私の場合、青年期を過ぎてもずっと引きずっていました。意識の研究に携わる前から、『死ぬ』ということはとんでもなく恐ろしいことだな、と思っていたのです」

 中学生時代には部活動の帰り道に、友人相手に死の恐怖や不死への願望を数時間、語り尽くした。大学院の修士課程で脳科学の研究を始めた20代前半にも、研究室の合宿で「よくよく考えてくれ、自身が金輪際消えるとはどういうことなのか」と一晩じゅう熱弁をふるったという。

 脳科学の研究者になってからも、意識を解き明かしたいという研究者としての熱意の傍らで、常に死への恐怖が通奏低音のように流れているという。

 研究が実を結べば、体と脳が活動を終えても、本人の意識の中では「死」を体験せず、コンピューターの中で意識を持って生き続けることができる。

 ここでいうコンピューターは、脳と同じ速度で稼働するスーパーコンピューターを想定している。現在世界最速の「富岳」でも能力不足。今の開発スピードで10年後に見込まれる計算速度で対応可能になるという。意識は、コンピューター内に作られたバーチャル世界で生き続けることになるが、機械の中で送る第二の人生に飽き足らなくなった人には、ロボットアバターを用意し、現実社会に戻れるようにすることも計画している。

「コインを追加してゲームを継続するぐらいに考えています。しかし、倫理観の変容などを通じ、現世に影響が及ぶことは想像に難くありません」

 意識の上で実現されるかもしれない不老不死。渡辺さんは、保険非適用の外科手術代やサーバー代込みで、中古車1台分程度の価格で提供したいと考えている。ただ、講演会などで「死にたくないと考えている人」に挙手を求めると、応じるのはせいぜい数%だという。

「今はそうでも、技術が実現すれば、やってみたいと思う人は飛躍期に増えるでしょう。現世の意味が、がらっと変わるはずです。死の恐怖を克服できたとき、『人って死んでたんだって』と驚きをもって振り返る日がくるかもしれません」

 ただ生き続けられるだけではなく、能力を大幅に増強することも可能だ。

「体育館1杯分ぐらいの機械脳に意識をアップロードすれば、アインシュタインが幼稚園児レベルに感じられるのでは」

(編集部・渡辺豪)

AERA 2020年7月27日号より抜粋

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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