これまで沈黙を守っていた安倍昭恵夫人が動き出したのは、首相辞任の一報が駆け巡った直後だったという。山口県の安倍首相の支援者がこう証言する。
【写真】アッキーとゴッド・マザー洋子さんとの仲良しツーショット
「ご本人も奥様に連絡しても、8月25日ぐらいからつながらない。いつもはすぐに電話かメールが届くのに。辞任報道が出ると、ほどなく昭恵さんから『これまでありがとうございました』と連絡が来ました」
地元では早く療養してそれこそ再々登板を目指してほしいという声もあるという。
「6月中頃から安倍さんの体調が悪化し、自宅へ帰ると、ソファに倒れこむようになり、しばらく動けなかったと聞きました。夜も痛み、下痢がきつく、ほとんど眠れないこともあった。昭恵夫人も、一睡もできない日が週に何日もあったそうです。安倍さんが苦しみに耐えているのを見守りながら、万一のことがあれば救急車を呼ばねば、と眠るどころではなかったそうです」(同前)
体調が悪化してからの安倍首相は絶対安静でステイホーム状態。不仲説も流れたが、自宅で昭恵夫人と“巣ごもり”し、ニュースや配信サービスなどの人気ドラマを見る日々だったという。
安倍夫妻のキューピット役を務めた元山口新聞東京支局長の濱岡博司氏はこう回想する。
「あの2人はとっても仲がいいんです。昭恵さんはどこへに行く時も、誰に会う時も晋ちゃんにひとつひとつ報告を入れていた。それくらい、相手のことが気になる夫婦です。持病の潰瘍性大腸炎に苦しむ晋ちゃんに、ある日、昭恵さんは『もう政治家なんて辞めて』と泣じゃくりながら訴えたこともあったそうです」
濱岡氏は安倍首相の母親で、故・晋太郎氏の妻の洋子さんから「うちの息子に誰が連れてきてくれない」と頼まれたのがきっかけで、当時、電通の社員だった昭恵夫人を安倍首相に紹介した人物。
昭恵夫人の旧姓は松崎。父親は大手製菓メーカーの森永製菓元社長の松崎昭雄氏、祖父は森永太平氏。森永製菓の創業家一族の令嬢だった。