半世紀ほど前に出会った98歳と84歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「コロナ禍の世こそマスクアート発信!」
セトウチさん
新年おめでとうございます、と心から祝えないような21年のお正月です。去年1年間は戦時中以来の生きた心地のしないような逃げ廻(まわ)っているような一年でしたね。去年の1月31日、WHOが新型コロナウイルスの拡大をめぐって緊急事態宣言をしました。何(な)んのこっちゃ、と思いました。というのも、その翌日の2月1日に神戸で「兵庫県立横尾救急病院」展を開催することになっていたので、「展覧会の宣伝か?」と勘違いするほど、このタイミングのよさに、あっけに取られたものです。
当日200人近い来客者全員にマスクを配布して装着してもらうというパフォーマンスを行(おこ)ない、こんな大勢の人全員のマスク光景に、異様さを感じて、笑うやら、怖いやらの非現実さに計画したこっちがびっくりしたものです。ところがこの非現実風景は世界の日常風景になってしまいました。
家庭の中でもマスク仮面夫婦です。笑えない悲喜劇です。僕も終日アトリエに籠城(ろうじょう)状態で、することがないので絵三昧(ざんまい)の毎日、お陰様で沢山(たくさん)描けました。加齢と共にキャンバスが縮小化されてきたのですが、これでは体力が落ちると思い肉体に負荷をかけるために若い頃の絶頂期のように大きいキャンバスに戻して、野獣のように筆を刷毛(はけ)に変えて、キャンバスに襲いかかりました。コロナのネガティブ・エネルギーを、創作のポジティブ・エネルギーに変換して、コロナパワーを我がものにしてやろうと。
コロナの効用です。毒を以(もっ)て毒を制する精神です。芸術というのは、このような危機的状況の時にこそ開花するものです。利用できるものは毒薬でも利用しちゃえの精神です。大きいキャンバスに絵を描く一方で、SNSで過去の作品の人物画の全てにベロ出しマスクを着けた絵に変更して、ツイッターや、フェイスブックなどで世界に発信しました。その点数は500点を越えました。去年は展覧会が次々、延期になったり中止になったりして、発表の場を失いました。そこで発想したのが、このマスクアートのプロジェクトです。