最高裁決定直後、SNSで安倍晋三前首相のアカウントが反応した。ツイッターでは、昨年11月19日に産経新聞が植村氏の「敗訴確定」を伝えた記事を同日夕にリツイートした。フェイスブックでも翌20日午前に同じ産経記事を引用して紹介したうえで、コメント欄に21日未明、「植村記者と朝日新聞の捏造が事実として確定したという事ですね」と書き込まれた。

 これに対し植村氏は24日、弁護団を通じて安倍氏あてに内容証明郵便を送付。「植村氏が捏造記事を書いたと認定した判決が確定した事実はない」と指摘し、1週間以内にコメントを削除するよう求めた。

 コメントは12月4日までに削除された。削除の理由や経緯について、安倍氏側から植村氏への説明はなかった。代わりに「WiLL」2021年2月号に掲載された特集「元朝日新聞植村記者『慰安婦捏造』に最高裁の鉄槌!」で、櫻井氏と対談した阿比留瑠比・産経新聞編集委員が「面倒な人たちに絡まれるのを嫌ってか、安倍前首相はフェイスブックのコメントを取り下げました」と述べ、安倍氏を事実上代弁した。

 植村氏の裁判ではもう1件、西岡力・麗沢大学客員教授と文藝春秋を東京で提訴した訴訟が最高裁に上告中となっている。東京地裁、東京高裁とも原告の請求を棄却したものだ。

 一連の裁判に臨む植村氏の姿を、元RKB毎日放送(福岡)ディレクターの映像作家、西嶋真司監督がカメラに収め、ドキュメンタリー映画「標的」をつくった。

 西嶋監督 は植村氏が元慰安婦の記事を最初に書いた1991年から3年間、ソウル特派員だった。「私を含め、当時ソウルにいた記者はみな慰安婦問題の記事を書いた。20年以上たってなぜ彼だけが標的にされ『捏造』と攻撃されるのか 」と感じ、撮影を始めた。

 当初はテレビ番組にまとめる予定だったが、国内で慰安婦問題の番組を放送するのは極めて難しい状況。しかし「作品を完成させず勤め続けても後悔する」と考えた西嶋監督は、定年後の延長雇用を打ち切ってテレビ局を離れ、映画づくりに専念し、昨年秋までにほぼ完成させた。今年は各地での上映を進める予定という。「現代日本で起きている言論へのバッシングがいかに不当であるかを知ってほしい」と話している。(朝日新聞編集委員・北野隆一)