指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第56回は、「『プロセス重視』で得られる財産」について。
【写真】平井さんが学生時代を過ごした 東伏見駅前のプール脇にあった稲泳寮
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私が学生時代を過ごした早稲田大学水泳部の稲泳寮の食堂には、毛筆で「紳士たれ」と書かれた額がかけてありました。西武新宿線東伏見駅前、50メートルの屋外プールの脇にあった木造平屋建ての寮は、廊下を歩くとギシギシ音がしました。
水泳部の同期で、この連載の構成を担当している堀井記者と、ときどき「紳士たれ」の話が出ます。
大学の水泳部には、子どものころから水泳が速くて、全国大会でいい成績を収めた選手が集まってきます。周りからちやほやされて思い上がり、人を見下すような態度を取りかねない。それでは卒業後、プールから離れたとき、人はついてこない。だから、いつも「紳士たれ」の気持ちを忘れてはいけない。私や堀井記者も含めて紳士とはほど遠い学生が多かったので、毎日目に入る食堂に飾ってあったのでしょう。
大学卒業後にコーチの職を得て子どもの教育の場でもあるスイミングクラブで長く教えてきたので、水泳でいい成績を出しても選手が尊大な態度を取らないように心掛けてきました。
練習を頑張って、できなかったことができるようになる。記録が伸びて達成感を得る。そういう経験は子どもを大きく成長させます。ところが、人を蹴落としてでも、という気持ちが生まれると好成績が毒になることもあるのです。
ジュニア日本代表のヘッドコーチとして、北島康介や後に五輪3大会でメダルを取る松田丈志らを率いて豪州に遠征したとき、表彰台で応援席に手を振る選手たちにミーティングでこんな話をしたことがあります。「外国の選手は優勝して表彰台に立ったとき、2番、3番の選手と必ず握手している。3番になったときも、1番、2番の選手をたたえて握手する。大会には国際交流という目的もあるんだから、まず一緒に泳いだ選手を認められるようにならないとダメだ。明日から、そうしよう!」