グアムも射程に収める北朝鮮の新型中距離弾道ミサイル「ムスダン」。3月上旬から続く北朝鮮の好戦的な言動に、「金正恩(キムジョンウン=第1書記)は暴走している」との見方が広がっているが、はたして本当だろうか?

 この間の北朝鮮の行動を検証すると、じつは巧妙に“戦争”を避けていることがわかる。当初は韓国・延坪島(ヨンビョンド)などを望む西海(黄海)エリアの駐留部隊を臨戦態勢に置くとともに、金正恩が同部隊を訪問して訓練を視察する様子を盛んにアピールしていた。しかし、米韓が北朝鮮の局地的挑発に対する報復攻撃の作戦計画に合意したことを公表すると、その後はトーンダウン。米軍がB2ステルス戦略爆撃機を演習に参加させると、今度はもっぱら核ミサイルによる対米抑止力を強調するようになった。

 北朝鮮は日米韓への核攻撃に再三言及しているが、必ずその前段には「米国がさらに理不尽な脅迫を続けるなら」というような前提を付けている。「いつでも戦争をしてやるぞ」といったニュアンスの強烈な挑発を重ねているが、実際には日本海側での小規模な上陸訓練や短距離ミサイルの発射を行ったのみで、北朝鮮軍全体をみると、特異な動きはほとんどない。

 ムスダン発射といっても、単に海に向けたものであれば、弾道ミサイルの発射を禁じた国連安保理決議違反ではあるものの、米韓が攻撃されたわけではないため、米軍が報復に動かないことは、北朝鮮もわかっているはず。つまり北朝鮮は、戦争にならないように注意深く計算しながら、“寸止め”で虚勢を張っているだけで、決して“暴走”しているわけではないのだ。

 それならば、なぜ北朝鮮は最大の庇護(ひご)者である中国の反感を買ってまで、こうした好戦的な言動を続けたのか? そもそも今回の一連の挑発は、米韓軍の合同演習に対する反発というかたちで始まっているが、こうした演習は毎年恒例のもので、今回が初めてではない。北朝鮮は今年だけ急に“食ってかかって”いるが、いったい何が昨年までと違うのか。

 それは、「今年2月の核実験によって、中距離核ミサイル発射能力を得たらしい」ということに尽きる。米韓軍の演習は4月末までだが、その間、戦争にならずに北朝鮮の挑発だけが続けられた場合、北朝鮮は「核武装国として米韓軍の攻撃を抑止できた」と主張するだろう。

 北朝鮮は今後、経済的・外交的孤立に直面し、国際社会の強い圧力を受けていくことになるが、それを耐え抜けば、やがて国際社会も黙認するしかなくなると期待している。

 米国は一貫して北朝鮮を核保有国とは認めず、あくまで放棄を迫っていく考えだが、北朝鮮が核ミサイルを放棄する可能性は皆無。米韓が北朝鮮との戦争を決意でもしないかぎり、それを変えることは難しい。核武装による対米抑止力を持つことは、独裁体制の生き残りのための最重要戦略といっていいが、北朝鮮側からすれば、「かなりうまくやっている」とさえ言えるのだ。

 もっとも、こうした巧妙な対外政策を、政治経験の乏しい金正恩がすべて発案しているわけではあるまい。北朝鮮が核爆弾の小型化に成功し、核ミサイルを手に入れるだろうことは、何年も前から予想できたことで、その時期がたまたま今だったということ。すでに先代の金正日(キムジョンイル)が、きたる“その時”にどう振る舞うのが得策か、ある程度は大方針を決めていたはずだ。

 その頃から金正日とともに戦略を練ってきた側近たちの助言に従って、金正恩が最終的には承認し、今回のような流れになったものと思われる。今回は“あらかじめ予定されていた危機”であろう。

(軍事ジャーナリスト・黒井文太郎) 

週刊朝日 2013年4月26日号