日本でも4月から始まった、血液検査による出生前診断。しかしこの新しい方法により、さらなる葛藤に悩まされることもあるようだ。
4月から新しく導入された検査は、「非侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)」と呼ばれる。ゲノム解析技術を応用し、妊婦の血液に含まれるDNAを解析。遺伝子レベルでの検査だけに精度は比較的高いが、調べられるのはダウン症の可能性がある21番、心臓病などの可能性がある13番、18番の3種類の染色体異常のみだ。偽陽性、偽陰性の可能性がわずかにあるため、陽性と診断されれば、羊水検査などによる確定診断を受けることが前提だ。日本では臨床試験として導入され、現在は検査費用が20万円前後と設定されている。
「NIPTのように、血液採取だけですむ検査が登場したことで、こうした検査を普通に『受けるもの』と捉えて飛びついてしまうと、検査の結果が出た後で苦しむ、というケースがきっと出てくると思うんです」
こう話すのは、信州大学准教授の玉井真理子さん(52)。遺伝に関する情報を提供し、さらには出生前診断のような検査を受けるべきか否かといった、妊婦の選択を支える「遺伝カウンセリング」の現場で、支援に従事する臨床心理士だ。
従来の羊水検査は、注射器の付いた長い針をお腹に刺し、羊水を吸引するため、300回に1回の確率で流産が引き起こされるリスクがある。そのため、検査を受けなければ起こらなかったはずの流産という悲しい事態に一部の妊婦が直面していた。それがある意味、検査をためらう「重し」の役割も果たしていたと、玉井さんは指摘する。それに対し、新しく導入された検査は、採血だけだ。
「新しい検査では、冷静な判断をしてもらうための重し役の代わりが、一応、遺伝カウンセリングということになりましたが、現在の体制では、まだ十分とは言えないのでは」
遺伝カウンセリングには、「臨床遺伝専門医」の資格を持つ産科医・小児科医と、助産師や臨床心理士など医療従事者で資格を持つ「認定遺伝カウンセラー」らのチームで当たるのが望ましい。だが、今回NIPT実施医療機関全てに問い合わせたところ、専門医と認定カウンセラー両者の体制が敷けていると回答した施設は、6割ほどだった
新しい検査に関心が高まる一方で、「むしろ、選択肢と悩む材料が増えた」(39歳女性)という声もあった。検査を受けるか否かを悩むだけでも、「罪を犯しているみたいな気持ちになる」と受け取る人もいる。
※AERA 2013年5月6日・13日号