ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、小説家デビューについて。
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コロナ禍による大阪府の緊急事態宣言下、カメラつきのパソコンを設置し、パソコンマスターのMさんにお願いして『Zoom』ができるようにしてもらった。テレビ局の番組審議会などに何回か参加して特に支障はなく、こいつはラクでええわい、と高を括っていたところへ某文学新人賞の選考会があった。
当日、選考会の開始時刻・午後三時に合わせてアクセスしようと試みた。なにやら『ここにパスワードを入力してください』みたいな画面が出てきて、編集者から教わっていたものを入れてみたが、うまくいかない。編集者に電話をかけて窮状を話し、アクセスしようとしているものが『Zoom』ではなく『Google Meet』だとようやく気づいた。
編集者にいわれるままに、パソコンを操作してみたが、これまた埒(らち)があかない。三時はとっくにすぎて、わたしは焦る。編集者も焦る。わたしがパソコンのことをなにも知らないと察知した編集者がメールをくれて、その添付ファイルをクリックすると、ふいに選考会につながった。めでたし、めでたし──。三時半だった。
「このたびはわたしの不手際により、多大なご迷惑をおかけしてしまいました。まことに申しわけございません」カメラに向かって頭をさげると、他の選考委員は笑って許してくれた。
選考会は和やかに進み、はじめの投票で最多点をとった作品に授賞すると決まった。わたしはその作品を推していなかったが、異論はまったくない。受賞者は若いし、キャラクター作りも巧いから、これからも多くの作品を書いてくれるだろう。
ここでひとつ率直な話をすると、小説家志望のひとが作家としてデビューするには文学新人賞に応募して受賞するしか方法はない(むかしは持ち込み原稿といって、ツテをたどって編集者に原稿を読んでもらい、指摘された疵[きず]を直して出版されることもあるにはあったが、いまは皆無だ)。数百倍という激烈な競争を勝ち抜いて文学新人賞を受賞しても、そのひとが業界で生き残る確率は十分の一だろうか。この出版不況のもと出版社も体力がなく、新人賞の受賞作が売れなかったら、あとがむずかしい。出版社は新人作家に第二作を書けと注文してくれるかもしれないが、これも初版で終わると次はない。注文がなくても、いつか本になることを目指して原稿を書きつづけるしかない。小説家というリングにあがるのはむずかしいが、そのリングに立ちつづけるのはもっともっとむずかしい。