姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 菅義偉 内閣総理大臣 殿

 菅総理、いかがお過ごしでしょうか。支持率の急激な落ち込みで、発足当時の支持率と比べ、半減に近い惨憺(さんたん)たる現実に夜も寝られない日々が続いているのではと「忖度」しています。

 菅総理、総理はまだ官房長官だった頃、共同通信の連載「政治家の本領」で私ごときのインタビューにも丁寧に受け答えされ、自らの政治信条と政治家の「本領」について語っていただきました。最も印象に残ったのは、政治家の役割とは雇用の確保それに尽きるという、総理が師と仰ぐ梶山静六氏の言葉を反芻(はんすう)されていたことです。そこに、私は菅義偉という政治家の原点を見る思いがしました。

 しかし、菅総理、今年1月から3月までのGDP(国内総生産)は年率換算で5.1%のマイナス成長で、2020年度のGDPも4.6%のマイナス。戦後最悪の落ち込みです。リーマン・ショックを上回る景気の落ち込みは、雇用の安定を根底から揺るがしかねず、まさしく総理が政治家の「本領」と見なしている国民の雇用の確保、生活の安定とは真逆の結果が明らかになろうとしているのです。なぜこんな結果になったのか、総括されたのでしょうか。

 その原因は、「あれかこれか」のギリギリの選択を強いられているのに、「あれもこれも」のいい所どりができると根拠のない楽観論に浸っていたからではありませんか。「経済もコロナ対策も」「オリンピックも総裁再選も」。「あれもこれも」で政治責任を懸けた決断も覚悟もないまま、「あれもこれも」ダメになり、最悪の結果になりそうな気配がしてなりません。

 菅総理、今は「あれかこれか」しかないのです。すべてを「コロナ感染防止」に総力戦で投入すべき「時」なのです。オリンピック開催で余勢を駆って総裁再任など、それこそ、自分の「雇用」の確保だけを優先させる究極の自分ファーストではありませんか。戦後最大の「国難」のストッパーとなっただけで、総理の名は名宰相として代々、語り継がれていくはずです。

 菅総理、決断の時です。今です、今しかありません。総理の決断を心から願ってやみません。

一大学名誉教授 姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2021年5月31日号