日中は学校、夕方以降は仕事(取材や執筆)。せっかく父と一緒に家にいられるというのに、私はいつも慌ただしく余裕がなかった。結果、父のささいな言動に(すべて認知症のせいなのに)イライラすることが増えた。そんな自分がすごく嫌だった。
「ぽーっとしてて、ごめんな」。
ふとした時に、父が言うようになった。
「親が長生きすると、子どもは大変だよな」
そんなふうに思わないで。そう思っているのに、父がテレビを見ながら無意識に指を食卓の上でトントントントンとたたき続ける小さな連続音がなぜか耐えられず、「うるさい、それやめて」と言ったり、大音量でテレビを見るので、「テレビは聞くものじゃなく、見るものなの」と言ってテレビの音量を切ったりした。父は「あれ? 聞こえないなぁ」と言いながらテレビを見るようになった(なんと意地悪な娘だろう)。何度も同じことを聞いてくるので、「それさっき説明した」と冷ややかに答えるようになった。そのつど父は悲しそうな顔をするが、それもまたすぐに忘れて、「今日は何月何日か」とまた聞いてくる。父は好奇心旺盛で知りたいことは何でも聞く。テレビを見ていてもどこからどこまでがCMなのかわからない。CMの文字を読んでいるうちに次の番組が始まり、頭が混乱し「どうなっているのか」と聞いてくる。字幕を見ても内容がわからない。いつも「教えてくれよ」だった。
父は画面に向かって「おぉ、頑張れぇ」と懸命に声をかけたり、「あぁかわいそう」と泣きそうな表情になったり、大自然の映像を見て「ここに、ママと行ったな」と目を細めたりした。感情が豊かで、そんな父を見て、毎日忘れ物を拾っているような気分だった。
■布団をかけて「風邪ひくなよ」
食事中は、咀嚼やのみ込みに集中するためテレビは消した。父は食事のたびに「一人じゃなくて幸せだな」「娘と一緒にご飯が食べられるなんて」と言った。両親と長いつきあいの近所の人が、父の好物のレンコンやちくわをよくもってきてくれた。