外務官僚は迷って、この日のあいさつを取りやめた。その理由を周囲にこう漏らした。「党本部で石破さんに会っているところを他の議員に見られるわけにいかない。首相官邸に告げ口される」
18年は安倍の総裁3選がかかる党総裁選がある年だった。石破は安倍を批判する数少ない党内実力者で、総裁選への立候補を半ば公言していた。もちろん、森友学園をめぐる公文書改ざん問題の追及を強めていた野党への接触はより危険だった。この外務官僚はぼやく。「民主党政権時代の大臣ら政務三役にあいさつに行くのは、なおさら大変だ」。
そんな空気の中、公務員にとって「中立」を維持することは難しかった。例えば、内閣情報調査室(内調)の職員は、国政選挙となると、自らが担当する都道府県の選挙区に分かれ、選挙情勢を集めた。その際、自民党総裁として安倍が行う街頭演説に盛り込む「ご当地ネタ」も集めて回った。
「(滋賀県の)草津は近畿地方で暮らしやすい町3年連続、近畿地方で第1位なんですね」「来月、この(新潟県の)小千谷の夏祭り、ありますよね」……。18年の総裁選の前には、石破の講演会など公式の発言のほか、非公開の場での発言も集めた。
内調職員はこう嘆いた。「私は公務員。自民党職員でもないし、安倍事務所のスタッフでもない」。憲法15条は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と定めるが、こうした国政選挙や総裁選の情報収集は、果たして自民党のためか、政治家・安倍個人のためか。
朝日新聞は昨年(20年)、17年衆院選と18年の総裁選に向けて内調スタッフが調査した内容や出張記録を情報公開請求した。結果はいずれも、文書があるかないかの存否すら明らかにしなかった。理由について内調はこう回答した。
「対象文書の存否を明らかにした場合、具体的な情報収集活動の実態が明らかになり、将来の効果的な情報収集活動に重大な支障を及ぼすおそれがあり、ひいては我が国の安全が害されるおそれがある」。(敬称略)