
デビューして10年、俳優として認められたいと邁進してきた。いま最も注目される若手俳優の一人だが、武器となる個性を受け入れるまでには葛藤もあった。AERA2021年8月2日号から。
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——人を引き付ける強い目力と端正な顔立ち。俳優・塩野瑛久の個性の一つだが、それを枷(かせ)と感じた時期もあった。
ジュノン・スーパーボーイ・コンテストを経て、17歳で俳優の道へ進んだ。翌年、「獣電戦隊キョウリュウジャー」のキョウリュウグリーン、立風館ソウジ役で注目を集めた。だが、胸中は複雑だった。
塩野:戦隊ものに出演させていただいた一年は、本当にたくさんのことを学ばせてもらいました。世間の方からも注目して見ていただいてすごくうれしかったんですが、当時は主に「かわいい」と言われていて、その評価が腑に落ちていなかったんです(笑)。
僕、中学を卒業してからは実家のクレープ屋を手伝っていて、社会に出るのが早かったんです。ちょっとヤンチャだったというか、中身は結構「男」で、「違うんだぞ」と反発するような気持ちがあったし、子ども扱いされるのが嫌だった。
■自分らしさを伸ばす
塩野:このままで俳優として生き残れるのか、という不安もありました。「戦隊もの出身」というフィルター越しにではなく、一人前の「俳優」として認められたいという思いが強くありました。
——その焦りが、「自分の長所を削ぎ落としてしまった」と振り返った。戦隊ものを卒業した後は、映画祭で賞を狙えるような作品や舞台に気持ちが向かった。しかし、思うように評価はついてこなかった。
塩野:自分のやり方に固執して、まわりが見えてなかったんですね。でも、いろいろな分野でお芝居をやらせてもらったおかげで、まずは自分を求めてくれる場所で頑張ること、自分らしさを伸ばしていくことが大切なんだとやっと気がつきました。