スマートシューズに期待をかけるアシックス社長の廣田康人(右)。東京・原宿の「ASICS EXPERIENCE TOKYO」では9月8日まで体験できる(会場前で登録)(撮影/写真部・東川哲也)
スマートシューズに期待をかけるアシックス社長の廣田康人(右)。東京・原宿の「ASICS EXPERIENCE TOKYO」では9月8日まで体験できる(会場前で登録)(撮影/写真部・東川哲也)

 かつての起業家が「意思ある投資家」として、次世代の起業家を育てる。そんな循環の中心にいる人々に迫る短期集中連載。第1シリーズの第2回は、画期的なスマートシューズの開発者で、ベンチャー企業ORPHE(オルフェ)の創業者・菊川裕也(36)だ。AERA 2021年8月30日号の記事の2回目。

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 大学院を出てもまだ就職する気になれなかった菊川は、半年間、スペインに留学する。バルセロナにあるポンペウ・ファブラ大学で「光る靴」の開発に没頭した。動きと音と光を融合させたところに新しい楽器の可能性を感じた菊川は、靴を楽器にしようとした。最初の試作品はコンバースのバスケットシューズに数十個のLEDランプを巻き付けたもので、踏み込むと圧力を検知して光と音が出た。

「こいつをビジネスにしよう」

 留学から戻ると菊川は起業を決意。最初に思い浮かんだ顔が金井隆晴だった。金井は液晶ディスプレーのエンジニアとしてシャープに就職していたが、菊川は金井の本音がテレビという完成した製品ではなく、まだ存在しない新しいインターフェースの開発であることを知っていた。

「一緒にこれをやらないか」

 菊川が光る靴の試作品を見せると、金井は「面白そうだね」と目を輝かせた。同じ研究室から映像編集の会社に就職していた松葉知洋と、卒業を控えていた中西恭介が開発に加わった。

 ちょうどその頃、米国で始まった「メーカーズムーブメント」が日本に押し寄せてきた。「3Dプリンターやレーザーカッターのようなデジタル工作機械がネットと結びつくことで専門知識を持たない人でもモノをデザインできるようになり、誰もが世界中の工場で低価格・小ロットの生産が可能になる」という考え方。テクノロジー雑誌「ワイヤード」の名物編集長、クリス・アンダーソンが著書『メーカーズ』で唱えた概念だ。

■製造業の民主化が到来

 これまで生産設備を持てる企業に独占されていた「ものづくり」が個人に開放される。「製造業の民主化」が始まるという考えに強く共鳴したIoTベンチャーへの投資会社「ABBALab」の小笠原治は、ネット関連会社DMM.comの創業者、亀山敬司から約10億円を引き出した。

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