出発早々、人混みのなかで緊張から酔いそうになり、知り合いの靴を見つめながら必死に後ろをついていくなど、たいへんな思いをしたそうです。もっとたいへんだったのは被災地に着いてから。宮城県仙台市のボランティアセンターでは、めまぐるしい日々が待っていました。初めて出会う人や初めての仕事、生々しい震災の傷跡などに心が揺さぶられます。それでもやるべき仕事はたくさんありました。津波の影響で泥をかぶった住宅や備品の清掃、草刈りなど。悩むよりも多い仕事の量が邪念を振り払ってくれたようです。

 今でも忘れられない出来事が起きたのは、ボランティアを始めてから1カ月後。訪問活動を任されたときのことです。訪問活動とは仮設住宅を1人で回り、住民から必要な物資を聞く活動です。物資を繋げる役でもあり、被災者の健康状態を把握する大切な役回りです。ところが、人間関係がきつくてひきこもりを始めた中村さんです。被災地に来たからと言って、知らない人と話すのはとてつもなく怖いんです。任された当初からしばらくは、緊張の連続でした。訪問すべき仮設住宅が近づくだけで胸の鼓動は早くなり、チャイムを押そうすると手も足も震える。「かんたんな仕事だ」「必要な仕事だ」と自分に言い聞かせ、チャイムを押す。「何か、お困りごとはありませんか」と震えながら、しかも小声で尋ねるので、戸惑う方もいたそうですが、多くの方は温かく対応してくれたそうです。

 ところが何件か目の訪問で怒られてしまいます。いつもどおり「必要なものはありますか」と小声で尋ねると「ねえよ、そんなもん!」と怒鳴られてドアを閉められました。ショックのあまりに立ち尽くし、耳には怒声の残響、首筋には冷や汗がつたう。「もうだめだ、やっていけない」とくじけた中村さんをボランティア仲間たちが「あなたは悪いわけではない」と諭してくれたそうです。ただし被災地ゆえにいろんな状況や心境の人がいることを理解するように、と。

◆「もう支援はけっこうです」おばあさんは涙を流した

 なんとか気持ちを立て直して訪問活動をつづけた中村さんは、あるおばあさんと出会います。そのおばあさんも仮設住宅に住んでおり、「何かお困りごとはありますか」と尋ねるとしばらく沈黙が続いたのち、こう言ったそうです。

「震災で思い出の品も、娘の晴れ着も全部流されました。だけど服などの支援はたくさんいただきました。もう支援はけっこうです。ただ、誰かが私に会いに来てくれるだけいい。それだけでいいんです」。

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ひとりの被災者の心を救うことができた