「お芝居は、言ってしまえば“嘘”なのかもしれないのですが、その中になるべく嘘がないように、そこに存在できるように、と斎藤監督は演出してくださったのだと思います。『わかりやすく伝える』のではなく、人物たちが動く、その瞬間を切り取ることができれば映画は成立するのだ、と。いまはなかなかないタイプの映画なので、監督は一石を投じにいったな、と感じました」

心を病み、療法としてランニングを勧められた和雄は、走り続ける決意をする。原作は函館出身の作家、佐藤泰志の自伝的小説。公開中(c)2021 HAKODATE CINEMA IRIS
心を病み、療法としてランニングを勧められた和雄は、走り続ける決意をする。原作は函館出身の作家、佐藤泰志の自伝的小説。公開中(c)2021 HAKODATE CINEMA IRIS

■心のグラデーション

 原作では和雄は独身という設定だが、映画の中では“夫婦の物語”にも焦点が当てられている。走り続けるなかで、和雄はスケートボードに夢中になる青年たちとすれ違い、心の交流が生まれる。

「心は触れ合えないものですが、それでも生活していくなかで、なんとか触れ合おうとしていく。そうした努力の積み重ねや色々な人の心のグラデーションが、この作品にはある」

 人には、頑張ろうと思う瞬間もあれば、頑張るのをやめようと思う瞬間もある。そうした瞬間が「ふと」訪れることの曖昧さ、不思議さ。完成した作品を観て、そんなことを感じている。

「過去に同じような経験がある方は思い出すかもしれないですし、いま、そういう状況にある方には救いになれば、という気持ちもあります。おこがましいですけれど、“人を肯定できる映画”になればいいな、と思います」

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2021年10月18日号