映画「草の響き」が公開中だ。自律神経失調症と診断された青年を演じた東出昌大は、演技とは何かを突き詰めたという。AERA2021年10月18日号の記事を紹介する。
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映画「草の響き」のなかで、東出昌大が初めてスクリーンに姿を見せる、その時の表情が秀逸だ。東出演じる和雄は、医師から自律神経失調症と診断される。受け入れられない、でも何かせずには前へ進めない。あらゆる感情が凝縮した、強烈な“顔”がそこにはある。
和雄は、医師に勧められてランニングを始める。東出は言う。
「自分の最低限の存在証明として、毎日走っていたのだと思います。走っている時には、無になる瞬間もあれば、考えごとをしながら走っている瞬間もある。でも、無になる瞬間がある、ということが彼にとって救いだったのだと思います」
■芝居に嘘がないように
原作は、1982年に刊行された、作家・佐藤泰志による同名小説。函館のミニシアター「シネマアイリス」が企画、製作をし、「オーバー・フェンス」「きみの鳥はうたえる」といった作品に続き、映画化されるのは5作目となる。斎藤久志監督は、和雄というキャラクターに、90年に自ら命を絶った佐藤の人生を投影した。指の先まで繊細さが宿る、難しい役どころだ。
心に失調をきたすと、どのような症状が出るのか。どのように他者と目線を合わせ、会話するようになるのか。東出は、臨床心理士や救急救命士といった、医療関係者に話を聞いたうえで現場に臨んだ。
走るシーンの多い現場では、膝を壊してしまったこともあった。そんな時、原作の中に「足を痛めてサポーターをつけた。雨が染み込んで、冷たくて気持ちがいい」という描写を見つけた。「これはこのまま使えるかもしれない」。自身もサポーターを巻いて、撮影に臨んだ。
カメラは、和雄と彼が函館の街で出会う人々を、一定の距離を保ちながら優しく追い続ける。その多くは長回しで、13分もの間、カットがかからず演じ続けたこともあった。
「『撮られている』という意識を排していく作業が必要で、毎日、『お芝居とは何か』を考えさせられる現場だった」と言う。