大会2カ月前、谷本は冬眠前のクマのように13キロ近く体重を増やしてパンパンになる。研究室に泊まり込んで開発に没頭し、大会期間中はほぼ不眠不休。大会が終わるとげっそり痩せ細っている。谷本はロボカップに熱中しすぎて1年、留年した。それでもこれだけの実績があれば就職には困らない。

「日本ではできないことができる会社だぞ」

 知人に紹介された会社は、軍事関係の回路設計を請け負っていた。「機密が多いから山ほど誓約書は書かされるけど、見たこともないような予算で回路が作れる」と聞かされた。

「全然できてないよ」

 そのフレーズに惹かれた谷本は、首尾よく内定を取り付けた。宇井が「手伝って」と言ってきたのは、そのころだった。

「設計はほとんど終わっているから、最後の仕上げをお願いしたい」

 宇井にそう言われて試作品を見た谷本は、唖然とした。

「これまだ全然できてないよ。これじゃ動かない」

「え、そうなの?」

 未ロボ卒のくせに、機械を壊す女──。のちに社内でそう呼ばれることになる宇井に、実践的な設計は無理だった。

「放っておけない」と思った谷本は、1年限定で手伝うことにした。1年あれば、ある程度の形まで持っていける自信もあった。その後でも、軍事関係の企業には入れるだろう。しかし、宇井が介護施設から持ち帰る無理難題に応えているうちに、考え方が少しずつ変わっていく。

「これって、まだこの世にない製品だよな。軍事関係の制御回路は俺じゃなくても作れるけど、これは俺にしかできない仕事。ひょっとして、こっちの方が面白いんじゃないだろうか」

 谷本は徐々に排泄センサーの開発にのめり込んでいき、気付けばabaの取締役CTO(最高技術責任者)になっていた。(敬称略)(ジャーナリスト・大西康之)

AERA 2021年11月15日号より抜粋

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