週刊朝日 2022年11月18日号より
週刊朝日 2022年11月18日号より

 アメリカのポップミュージックに詳しい音楽評論家の萩原健太さんがこう語る。

「マイケルにとってクインシー・ジョーンズの存在はものすごく大きかったと思います。彼との出会いによって、どうやって新しい音楽を作っていくかを考えるようになった。僕はジャクソン5のデビューに大きな衝撃を受けた世代ですが、元々持っていたブラックミュージックならではのグルーヴ感のようなものを、もっと広い世界に持ち込んでやるという意欲を感じました」

「オフ・ザ・ウォール」の大ヒットで高い評価を得たマイケルが、それから3年を経て満を持して発売したアルバムが「スリラー」である。

「『オフ・ザ・ウォール』までのマイケルはソウルミュージックの文脈にいましたが、『スリラー』ではロック畑のエディ・ヴァン・ヘイレンと組むなど、意図的にジャンルを飛び越えようとした。ミュージカルやクラシックなど、彼が子供のころから吸収してきたあらゆる音楽を、ブラックミュージックという枠組みにとらわれず発揮した初めてのアルバムです。新たな表現方法を編み出し、『これでいけるぞ!』『誰もなしえなかったボーダーレスな表現ができるぞ!』というマイケルとクインシーの発見の喜びや熱気のようなものが詰まっている一枚だと感じます」

 アルバムからの第1弾シングルは、先行発売された「ガール・イズ・マイン」。元ビートルズのポール・マッカートニーとデュエットした話題作だ。

「ポールとのデュエットというポップなアプローチを前面に押し出してきたのが印象的でした。レーガン大統領時代の、まだ白人文化がメインストリームだったアメリカで、ブラックミュージックの中にこもっていては新しい音楽は生み出せない。白人マーケットの中にどれだけインパクトを打ち出していけるかということも、大きなテーマだったのではないでしょうか」(萩原さん)

■音楽だけでなく映像の力も活用

 アルバム「スリラー」のメガヒットを大きく押し上げた要因としては、ミュージックビデオを流し続ける音楽専門チャンネルMTVの存在も大きい。81年に誕生したMTVの急拡大に合わせ、斬新な世界観を緻密に作り込んだマイケルのミュージックビデオは世界中の人々に受け入れられていった。

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