Jackさん。マイケルの振付師だったヴィンセント・パターソンやラヴェル・スミス、トラヴィス・ペインともコラボした経験を持つ
Jackさん。マイケルの振付師だったヴィンセント・パターソンやラヴェル・スミス、トラヴィス・ペインともコラボした経験を持つ

「今夜はビート・イット」では、ミュージカル「ウエスト・サイド物語」を彷彿させるギャング同士の争いを激しいビートと群舞により表現。そして、ショートホラームービーのような物語仕立てのなか、マイケルが多数のゾンビとダンスする「スリラー」は、インパクト抜群だった。音楽だけでなく映像でも勝負するマイケルに、萩原さんも衝撃を受けたという。

「当時最先端のメディアだったビデオクリップを最大限に活用した点は、『使えるものは何でも使ってやろう』という強い意欲を感じました」

 マイケルのダンスやルックスを知り尽くし、ものまねにとどまらないパフォーマンスで世界的評価も高いパフォーマーのJackさんは、マイケルのダンスの革新性をこう語る。

「おそらく『ビート・イット』が兄弟以外との集団によるダンスを映像作品として見せた最初だったと思います。それまでのソウルミュージックやディスコミュージックのダンスは簡単なステップが中心でしたが、そこに激しいサウンドとマイケル・ピータースの振付による集団ダンスが導入された。バレエやジャズ、ミュージカルなどに加え、ポップミュージックにおける集団ダンスという新たなジャンルを作った瞬間でした」

「スリラー」については、次のように語る。

「アルバムを出した当初、ある評論雑誌に、『このアルバムにはスリルがない』と批評され、その悔しい思いがああいうホラー仕立ての作品を生み出すことになったそうです。マイケルがオーダーしたのは、ゾンビダンスがコミカルに見えてはいけないということ。面白おかしくではなく、恐怖感を与える動きやカット割りを計算し尽くして制作した。『ウエスト・サイド物語』を下敷きにした『ビート・イット』からさらに進化して、ゼロからの創作。しかも、それを10日間ほどで作ったということにも驚きです。まねている立場からすると、そのすごさ、難しさがよくわかります」

 この曲の大ヒットからは、販売戦略の巧みさも読み取れる。時系列で見ると、「スリラー」のシングル盤の発売は83年11月。シングルカットとしては最後となる7曲目で、アルバム発売から1年近くが経過していた。

次のページ