その日は運悪く地下の駐車場に入る車の照明がロミオの目を射た。猫は光に弱い。突然の事とて足許が狂ったのだろう。それ以外考えられない。
探しに行ったつれあいが、車庫の暗がりでロミオを見つけて連れてきた。見知らぬ白い猫の視線を追って辿りついたという。
深夜にもかかわらず、青山のペット病院の医師が家まで来てくれた。口元に一筋血の跡があるだけで、私達は死など頭になかった。私の腕の中で大きく一つ溜息を吐いてロミオは死んだ。医師の到着直前だった。
絵が完成して画家にロミオの死を伝えた。「僕が命を吸いとってしまった!」。
数寄屋橋交差点近くに掲げられた巨大な猫の絵は「視線──ロミオ」と題して半年飾られ、朝日新聞は写真と事の顛末を朝刊に載せた。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2021年12月31日号