だが、ネットでの書き込みであっても「報道と同じだ」と、碓井氏は指摘し、こう続ける。
「デジタルの時代は、横並びで等価。メディアと書き込みの上下関係がなくなってきています。だから、報道と同じような責任が生じてもおかしくない。実際、そのような裁判所の判決も下っています。自分が発した言葉が自分にブーメランのように返って来る。場合によっては、法的責任も引き受けなければならなくなる。匿名であっても、技術的に誰が書き込んだかを特定できるようにもなってきました。でも、(書き込む人は)ネットに書き込んだくらいで自分が罰せられるとも思っていない。その辺の認識の甘さというのがありますね」
神田沙也加さんと前山さんのケースでは、どうなのか。
「沙也加さんのホテルの部屋には手紙が残されていたと報じられていますが、その文面は沙也加さんと前山さんとの関係において、沙也加さんの側から書かれたものです。それをもって、前山さんを悪者にしていくというのは違うのではないかと思います。恋愛というのは本当に当事者同士にしかわからないもので、たとえ親や親友でもわからないものですから」
■「批判」と「非難」と「誹謗中傷」
小室眞子さんと夫の小室圭さんの10月26日の結婚記者会見でも「誹謗中傷」という言葉が出て、議論が巻き起こった。
眞子さんは「一方的な憶測が流れるたびに、誤った情報がなぜか間違いのない事実であるかのように取り上げられ、いわれのない物語となって広がっていくことに恐怖心を覚えるとともに、辛く悲しい思いをいたしました」と語った。
夫の小室圭さんは「誹謗中傷が続いたことにより、眞子さんが心身に不調をきたしたことを、とても悲しく思います」と、「誹謗中傷」という言葉を使った。
碓井氏は「批判」と「非難」と「誹謗中傷」は、それぞれ意味が違うと言う。
「『批判』は字のごとく、対象を批評して判定すること。『非難』は誰かがしでかした失敗や間違いをベースに、責めたり、咎めたりすること。『批判』も『非難』も一応の根拠があります。ところが『誹謗中傷』は事実に基づかない、根拠のないことであっても、傷つけたくて書き込んでいるので、当事者が読んだら死にたくなるかもしれない。そんなことを言いたい放題いうのは罪深過ぎる」