下重暁子・作家
下重暁子・作家

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、男子高校生が起こした東大殺傷事件について。

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「拡大自殺」という言葉がある。大勢の人を巻きこんでの自殺のことを言うのだそうだ。

 私のイメージでは、自殺とは、自分で自分の命を絶つものだと思っていた。もし巻きこむとしても心中のように、同じ思いを持つ人が共に命を絶つというもので、そこまでは理解ができる。

 しかし最近の自殺は、全く関係のない人を巻きこんでの自殺とあっては、理解に苦しむ。

 要は、自殺と他殺を同時に行うということなのだろうか。

 私の知人にかつて警視庁の警察官だった人がいる。その人の話によれば、自殺現場に遭遇した場合は、鑑識は念を入れて特別慎重に行うという。本当は他殺だったものが自殺の中に入っていないか? うっかり判断すると、後日、他殺と判明した場合、捜査は難しくなり、迷宮入りとなるケースが多いという。

 一瞬の判断の間違いが、原因なのだ。だから自殺と思われても念には念を入れて調べるのだそうだが、時代を経て、他殺を伴っている自殺というケースはどう考えるべきなのか想像を絶する。

 最近では、東大受験で医師をめざしていた高校生が、名古屋から深夜バスなどで東大前に到着し、受験生二人と年輩の男性一人に切りつけ、傷を負わせた。

 成績が下がって、東大は無理とわかっての犯行らしいが、自分一人で絶望して命を絶つのではなく、なぜ全く知らぬ他人を傷つけて、自殺をはかるのか。

 この男子生徒も家から包丁を持ち出したとか、何か可燃性の液体らしきものを持参していたと報じられている。

 その少し前には、大阪のクリニックで前々から「夜眠れない、体がだるい」と診察を受けていた六十一歳の男性が、クリニックのあるビルに放火し、多くの人々の命を奪い自分も死ぬという悲惨な事件が起きている。

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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