目や耳がなく嗅覚が発達した、ひも状の生物「線虫」(HIROTSUバイオサイエンス提供)
目や耳がなく嗅覚が発達した、ひも状の生物「線虫」(HIROTSUバイオサイエンス提供)
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 体長約1ミリの「線虫」が命の恩人になる──!?

 2016年創業の医療ベンチャー、HIROTSUバイオサイエンスは一昨年、線虫を利用したがん検査「N−NOSE(エヌ ノース)」を製品化した。胃がんや大腸がんなど、わかっているだけで15種類のがんのリスクを調べられる。

 仕組みはシンプル。犬並みの嗅覚をもつ線虫に人の尿を近づけると、「がんの匂い」があれば寄っていき、なければ逃げる。ステージ0の早期がんにも反応するという。

 検査は、専用のキットを注文して自宅で尿を採取し、同社に提出すると、4~6週間ほどで結果が郵送されるという流れだ。価格は1万2500円(税込み)。線虫は大腸菌をえさに自家受精で増えるため、飼育コストの低さが安さの理由だという。

 同社はN−NOSEを「5大がん検診を受けるきっかけ作り」と位置づける。体への負担がなく、複数の診療科をはしごする必要もない。まずは気軽にN−NOSEを受けてみて、結果次第で既存のがん検診を受診する、「一次スクリーニング(ふるい分け)」の役割を念頭に開発された。

 消化器がんに詳しい、横浜市立大学附属市民総合医療センター・内視鏡部の平澤欣吾医師は「がん検診の受診率を上げる啓発としては大きな意義がある」と語る。製品が謳う「臨床研究におけるがんへの感度は86.3%」という内容については、「8割を超える感度は高い」と評価する一方、「実用化段階のデータがないことは気になります」。

 実は先月、この「感度86.3%」の信頼性を疑問視する報道が出た。同社は報道を「事実無根」とした上でこう話す。

「一次スクリーニングが目的のため、最優先の目標は感度の精査やさらなる向上よりもがん種特定検査の実用化。昨年は、遺伝子改変により、すい臓がんの匂いにのみ反応する線虫の開発に成功しました」(広報担当者)

 線虫の嗅覚をモデルに研究を行う、名古屋市立大学大学院理学研究科・総合生命理学部の木村幸太郎教授に話を聞いた。

「実験室において線虫ががん患者の尿に寄っていく現象があるのは恐らく正しい。ただ、犬などと同じく、線虫も体調が悪ければ反応は変化する。大規模な検査のためには、温度や湿度、密集度、えさの量などの飼育条件を整える技術が重要でしょう」

 同社によると、線虫の飼育や検査は厳格にマニュアル化され、奇形を除く仕組みもあるという。

 前出の平澤医師は「間違いのないがん検診など存在しない。複数の検診を組み合わせることが大切」と話す。人間側がリテラシーをもてば、線虫はがんとの闘いにおける救世主になるかもしれない。(本誌・大谷百合絵)

週刊朝日  2022年2月11日号

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大谷百合絵

大谷百合絵

1995年、東京都生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。朝日新聞水戸総局で記者のキャリアをスタートした後、「週刊朝日」や「AERA dot.」編集部へ。“雑食系”記者として、身のまわりの「なぜ?」を追いかける。AERA dot.ポッドキャストのMC担当。

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