そのかわり、五泉はかつて袴の生地を織っていたと知っていた私は、細々と続けているところがあると聞いて、地元の特産品を扱う場所で、縞の男物を一着分手に入れることができた。シャキッとした手触り。仙台平の袴は知っていたが、五泉市にも袴が残っていようとは……。すっかり嬉しくなって生地を買い、使うあてのないまましまってあったが、つれあいが、お茶を習い始めるというとき袴に仕立ててもらった。
扇谷さんの講演は、「自分の顔に責任を持て」とか、「名刺で仕事をするな」など身近なお話が多く、私もおおいに学ばせていただいた。
中でも忘れがたいのは、本にも書かれているが、「生き甲斐とは、ギリギリの限界まで自分の可能性を試してみた後にほのぼのと感ずる喜びであり、あるいは涙である。成功、失敗なんてのは二の次、三の次である」という言葉。従軍記者として、生死を分ける地に赴いた人の言葉には重みがあった。
「だが諸君よ、この人生は生きるために値する。辛けりゃ辛いなりに」
その言葉にはげまされて、今まで生きてこられた。
下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中
※週刊朝日 2022年2月25日号